QGISなどのGISソフトウェアを使い背景地図の上に別の地図を重ね合わせても、何も表示されないことがあります。
これは、重ね合わせた地図に対して適切な座標参照系(CRS, Coordinate Reference System)を選択できていない場合におきる現象です。
地球上の位置情報を地図上に表現するには様々な手法が存在するため、データごとに正しい座標参照系を選択する必要があります。
適切な座標を選択するためには「測地系」と「座標参照系」という概念を理解する必要があります。
ポイント
測地系
・測量結果を元にその物体の地球上の位置情報を算出するために必要な基準点情報をまとめた体系
・地球の形や大きさ(楕円体として定義)、経緯度原点、高さの基準などが定義
座標参照系:
・位置情報を座標上(地図上)に表現するためのルール体系
・緯度と経度を組み合わせて表現する「地理座標系」と位置情報を二次元座標上に投影して位置を表現する「投影座標系」の二種類
非常にまぎらわしい概念ですが、順番に紹介して違いを見ていきます。
測地系
人間の大きさと比べて地球の大きさは非常に広大です。
そのため、正確な地図を作るためにはまず「測量」を行い、どこに何があるのかを把握する必要があります。
測量を行うことで、地物(地上にある物体)間の相対的な位置関係を知ることができます。
しかし、ただ測量しただけでは測量対象物間の相対的な位置関係しかわからず、それらの物体が地球上のどこに存在するのかまではわかりません。
測量結果を元にその物体の地球上の位置情報を算出するために必要な基準点情報をまとめた体系(システム)を測地系といいます。
測地系では、地球の形や大きさ(楕円体として定義)、経緯度原点、高さの基準などが定義されています。
測地系を利用することで地物の地球上での位置情報(経度と緯度)を得ることができます。
明治時代に策定し、歴史的に使用されてきた日本独自の測地系を日本測地系といい、地球全体を対象とした測地系を世界測地系とよびます。
これらは測地系の分類名ですが、具体的な測地系の名称でも「日本測地系」や「世界測地系」が存在するため非常にまぎらわしいです。
日本で使用されている測地系
昔は地球全体を統一的に測量する技術がなかったため、各国がそれぞれ基準を決めて測量していました。
そのため、他国との測量結果との互換性の課題がありました。
しかし技術発展により地球全体の統一的測量が可能となったため、現在では国際的な統一基準として国際地球基準座標系(ITRF, International Terrestrial Reference Frame)が使用されています。
ITRFは数年ごとに更新されており、ITRFの後に年をつけてITRF94、ITRF2008などとよばれています。
日本でも以前は日本独自の測地系(旧日本測地系、TKY: Tokyo Datum)が使用されていましたが、2002年の測量法改正に伴いITRF94に準拠したJGD2000(日本測地系2000、Japanese Geodetic Datum 2000)に移行しています。
しかし、2011年3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震に伴う地殻変動によって、東北から関東甲信越・北陸にかけての基準点が変動してしまいました。
そのため現在では、東北地方太平洋沖地震の影響を反映したJGD2011(日本測地系2011、Japanese Geodetic Datum 2011)が使用されています。
JGD2011では、東北、関東、中部地方(愛知県・静岡県を除く)については、東北地方太平洋沖地震以後の測量結果を反映させた測地系であるITRF2008に準拠しています。
それ以外の地域ではJGD2000同様ITRF94に準拠していますが、取り扱いの煩雑さを避けるため統一してJGD2011とよばれています。
WGS84
ITRFに準拠しない測地系として、米国が維持・構築しているWGS84(World Geodetic System)があります。
WG8S4は正確性・継続性よりもリアルタイム性を重視する測地系で、元々軍事利用やGPSなどで利用されていました。
「84」は84年版を意味しますがその後も数度の改定が行われているため、どの時点のWGS84を使うかによってズレが生じます。
改定のたびにITRFに近づき、最新版はITRFとほぼ同じものと見なせます。
現在でもGPSや海域において標準的な測地系として使用されています。
座標参照系
ここまでの項目でみてきた「測地系」は地物(地上にある物体)の位置情報を得るためのルール体系でした。
地球が球体なので地表面は曲面であり、測量で得た情報を地図上に表現するためには、得られた位置情報を(平面)座標上に表現するためのルールが必要です。
点や線を座標上に表現するルールを座標系といいます。
「座標系」は地理情報に限らず使われる数学用語です。
測量によって得られた位置情報を座標上(地図上)に表現するためのルール体系を座標参照系(CRS, Coordinate Reference System)または空間参照系(SRS, Spatial Reference System)といいます。
同じ位置であっても座標の基準点等のルールが異なれば、全く異なる表現方法になります。
ここからは代表的な座標参照系としてである地理座標系(GCS, Geographic Coordinate System)と投影座標系(Projected Coordinate System)を解説します。
地理座標系
地球表面に存在する地物の位置情報を緯度と経度を組み合わせて表現する座標系を地理座標系といいます。
地理座標系では古くから使われている座標系で、たとえば「北緯35度39分17秒東経139度44分40秒」(日本経緯度原点)といった形式で位置情報を表現します。
数値計算用に小数点以下を10進数で表現する方法もあります。
地理座標系は、地球上の位置情報を1つの尺度で表現することができることが利点です。
しかし、地球は球体なので同じ緯度/経度1度であっても地球上の場所によって距離や相対的な位置関係が異なります。
そのため単純に緯度と経度を組み合わせて位置を表現すると、平面の地図上では距離・面積・角度全てが不正確になります。
投影座標系
地球表面に存在する地物の位置情報を二次元座標上に投影して位置を表現する座標系を投影座標系といいます。
投影座標系は地球を平面とみなして表現しています。
実際には曲面上(3D)に広がっている地物の情報を平面(2D)の地図に落とし込むため、距離・面積・角度全てを正確に表現することはできません。
しかし、目的に応じて投影方法を工夫することで一部の情報を正確に表現することができます。
投影座標系を使用した作図法の例として、中心点からの距離と方位(方角)が正確である正距方位図法や角度が常に正確であるメルカトル図法などがあります。
日本で使用されている座標系(平面直角座標系)
地球表面は厳密には曲面ですが、狭い範囲であれば平面上に投影しても誤差はそこまで大きくありません。
そこで日本を19のエリアに分割し、それぞれのエリアについて基準となる原点を決めて測量計算を行うことで、地図に投影した際の誤差が1万分の1以下になるようして地図が作られています。
日本の測量で使用されているこのような座標参照系を平面直角座標系といいます。
平面直角座標系は地域ごとに細かく分けられており、国土地理院のHPで参照できます。
たとえば四国はIV系、北海道東部はXIII系というようにローマ数字で系が表現されます。
測地系と座標参照系は密接に関わっているため、平面直角座標系の定義文自体が変更されなくても測地系の体系移行の影響をうけます。
平面直角座標系の定義文自体は2002年の測量法改正前後で変化はありませんが、測地系がTKTからITRF準拠のJGD2000に移行した結果、基準点が変化してそれまでとは異なる座標系になりました。
EPSGコード
EPSG(European Petroleum Survey Group)コードは座標参照系を区別するための番号です。
EPSGコードは、JGD2011 / 平面直角座標系 第IV系ならEPSG:6672というように平面直角座標系なら系まで区別して重複のない番号が振られています。
QGISでは、「レイヤのCRS設定」という項目で座標参照系(CRS)を設定します(version 3.22.9)。
この際、座標参照系に対応した参照系IDとしてEPSGが併記されており、名称を正確に覚えていなくてもEPSGコードがわかっていれば、簡単に座標参照系を検索・指定することができます。
座標参照系にはまぎらわしい名称が多いので、EPSGコードが正しいことを確認した方が安全です。
参考文献
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第1回 座標参照系(CRS)とは? QGIS and A - 朝日航洋 朝日航洋株式会社 2022/7/23閲覧
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わかりやすい平面直角座標系 国土地理院 2022/7/24閲覧
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