宮城県中部海沿いに位置する塩竈市(しおがまし)には、3つの表記(塩釜・塩竈・鹽竈)があり、いずれも「しおがま」と読みます。
今回は、なぜ3つの表記が登場したのかと現状ではどのように使い分けられているのかについてまとめます。
塩竈市
まずはじめに、塩竈市(しおがまし)について簡単にまとめます。
塩竈市は宮城県中部に位置し、仙台の東側の海沿いにある港町です。
奈良時代に国府(役所)が設置された多賀城の鬼門(北東)を守る鹽竈神社(しおがまじんじゃ)の門前町として栄えてきた町です。
一方で港に適した地形であることから多賀城や仙台の外港として塩釜港を中心に発展してきた港町でもあります。
市名の由来は鹽竈神社であり、「しおがま」の名前は神社の社号から取っています。
鹽竈(塩竈)は海水から塩を作り出すために海沿いに作られた製塩用の竈(かまど)のことです。
現在の塩竈市では古くから製塩が盛んであり、海沿いに並んだ塩竈がやがて地名として使われるようになり、神社の名前にも採用されました。
時代が進み明治時代になると市町村という行政単位を使うようになり、鹽竈神社の名前を取った「しおがま」が町の名前として採用されました。
鹽竈・塩竈・塩釜
ここからは「しおがま」の3つの漢字表記の歴史的経緯と使い分けについてまとめていきます。
次の表は、各表記の違いについて整理したものです。
表 「しおがま」の3種類の漢字表記の違い
表記 | 経緯 | 使用例 |
鹽竈 | 鹽竈神社の社号の表記 | 鹽竈神社(主に神社関連) |
塩竈 | 1948年の当用漢字制定に伴い「鹽」の字を「塩」に統一 | 塩竈市(主に市関連) |
塩釜 | 難しい「竈」の字を簡略化のために「釜」の字へ置き換えた表記が一般化 | JR塩釜駅、塩釜高校(民間企業や県・国の機関) |
以下では「鹽竈」「塩竈」「塩釜」の漢字表記の経緯と使用例について詳しく見ていきます。
鹽竈
最も古い「しおがま」の漢字表記は「鹽竈」です。
これは先述の通り鹽竈神社(しおがまじんじゃ)に由来します。
鹽竈神社は現在でも「鹽竈」の漢字を使用しています。
しかし、1946年の当用漢字制定の際に「しお」の字の表記が整理され、、難しい「鹽」の字の代わりに「塩」の字を使うこととされました。
そのため現在では「鹽」の字を使った表記は神社関連以外にあまり見られません。
塩竈
1946年に当用漢字が制定され「しおがま」の「しお」の字が一本化された表記が「塩竈」です。
現在でも正式な市名には「塩竈」が使われています。
そのため塩竈市が単独で運営している施設については、「塩竈」の表記が使われています。
一例として、塩竈市立病院や塩竈市杉村惇美術館、塩竈市消防団などがあります。
また、市の関連団体である塩竈市観光協会もこの表記を使用しています。
民間企業での使用例としては、NX仙台塩竈港株式会社や塩竈港運送株式会社がこの表記を使用しています。
一方で、仙台塩釜港や塩釜港の正式な表記は「塩釜」の字を使っているため、一部の民間企業が正式名称よりも難しい表記をするという逆転現象が起きています。
この表記は塩竈市の正式な表記ですが、誤って簡略化した「竃」の字を使って「塩竃」と書いてしまう例があります(「竃」の字を使用するは誤りです)。
このように「竈」の字が難しいことから次の項で触れる「塩釜」が一般的な表記になっています。
そのため、塩竈市では「塩釜」と表記された書類を受け取った場合は「塩竈」と解釈して受理するという運用をしています。
塩釜
最後に最も簡略化された表記である「塩釜」についてまとめます。
塩竈市の正式名称に使われる「竈」の字は難しいため、同じ読みで簡単な「釜」の字を使用することが多いです。
しかし問題点があり、「鹽」と「塩」は同じ意味の漢字ですが、「竈」と「釜」の字は意味が異なります。
「竈」は料理の煮炊きをするために火を焚く設備(現代でいうガスコンロの部分)であり、「釜」は食べ物を入れる器のことです(現代でいう鍋の部分)。
そのため、古い字の意味を守るためにあえて「竈」の字を使っている組織も存在します(例:塩竈市)。
しかし、商業施設をはじめとする民間企業や国、県の機関は簡単な「塩釜」の表記を正式名称として採用しています。
たとえば、JR塩釜駅や塩釜郵便局、イオンタウン塩釜、塩釜商工会議所など民間企業や商業関連団体はこの表記が主流です。
また、県立である宮城県塩釜高等学校や塩釜警察署、国の機関である塩釜税務署、仙台塩釜港もこの表記です。
塩竈市が関与する組織であっても、近隣自治体と共同で運営している塩釜地区消防事務組合・塩釜消防署は「釜」の字を使用しています。
ただし、使い分けは完全には統一されておらず、法務省管轄の仙台法務局塩竈支局は市名と同じ「竈」の字を使用しています。
民間企業でも、NX仙台塩竈港株式会社や塩竈港運送株式会社のように「竈」の字を使用している例もあります。
仙台塩釜港(塩釜港)の正式表記は「釜」の字なので、ここでも表記が統一されていません。
まとめ
以上のように、「しおがま」の漢字表記が現在でも混在して使われていますが、おおむね神社関連で「鹽竈」、市名に「塩竈」、民間企業や県・国の機関で「塩釜」が使われていることがわかります。
このような複数の表記が使われ続けている現状はややこしいものではありますが、自治体名の正式名称に関しては「塩竈」一択であり、そこに表記ゆれはありません。
そのため、あくまでそれ以外は民間施設名・組織名であると割り切って個別に確認していく必要があります。
施設名の表記ゆれと割り切ってしまえば、市町村名を漢字表記にするかひらがな表記にするかといったバリエーションは無数にあるため、それらと同じ対応と考えられます。
例:「JR札幌駅」と「地下鉄さっぽろ駅」、「東京都港区」と「港区立みなと図書館」
参考文献
塩竈市 ウィキペディア 2023/7/17閲覧
鹽竈神社 ウィキペディア 2023/7/17閲覧
「竈」の字について 塩竈市 2023/7/17閲覧
安岡孝一「人名用漢字の新字旧字 第215回 「塩」と「䀋」と「鹽」」 三省堂WORD-WISE WEB -辞書ウェブ編集部によることばの壺 三省堂出版 2023/7/17閲覧
塩竈市消防団規則 塩竈市 2023/7/17閲覧
組合概要 塩竈市観光協会 2023/7/17閲覧
薬師知美「「釜」か「竈」か~北へ西へ~ 塩釜編後編」 ことばマガジン 株式会社朝日新聞社 2023/7/17閲覧