分析・考察

駅貼りポスター広告の費用対効果算出・比較(横浜市営地下鉄)

2023年7月2日

駅に掲示されている広告には、鉄道事業者にお金を支払って掲載させてもらっている有料の広告枠があります。
駅広告枠は駅ごとに料金が設定されていますが、同じ金額を支払ったからといって同じ人数に広告を見てもらえるとは限りません。
今回は、鉄道事業者が公表している乗降客数と広告枠の価格設定データを使用して、広告の費用対効果が良い/悪い駅を調べていきます。

駅広告の掲載料金と駅ランク(駅等級)

鉄道駅のプラットフォームに設置された商業広告(阪急神戸線岡本駅、兵庫県神戸市東灘区)。大都市圏の鉄道は通勤通学をはじめ日常生活で多くの人々が利用するため、鉄道駅構内に広告を設置することで大きな宣伝広告効果が見込める。そのため、多くの鉄道事業者では有料で他社広告の掲示を引き受けている。出典:Wikimedia Commons, ©DVMG, CC BY 3.0, 2023/7/1閲覧

大都市では通勤通学や日常生活で多くの人々が鉄道を利用します。
そのため、駅構内の通路にポスターなどの広告を掲示することで、多くの人々に商品・サービスを宣伝することができます。
そこで、多くの鉄道会社では駅構内の人目に付く場所にポスターなどの掲示スペースを確保し、有料で他社のポスターを掲示しています。

ポスターの掲載料金は鉄道会社ごとに独自に定めていますが、おおむね駅ランク(駅等級)とポスターのサイズによって決まっています。
駅ランクは鉄道会社が利用者数などを元に駅をいくつかのカテゴリに分けたものです。
同じ駅ランクの駅は、同じ料金でポスターを掲示できます。
駅ごとの乗降客数には大きな差があるため、乗降客が多い駅は同じサイズのポスターを掲示するにも多くの料金がかかる一方、乗降客が少ない駅は安い価格でポスターを掲示することができます。

駅ランクと広告の費用対効果

表 横浜市営地下鉄の駅等級と広告掲載料金(B0版駅ポスター/1週間)
出典:横浜市交通局「横浜市営交通 広告メディアガイド2023」 2023/6/30閲覧

駅等級 広告掲載料金 該当駅の例
特級A 54,000 横浜、新横浜、日吉
特級B 46,000 戸塚、湘南台、センター南
1級 36,000 桜木町、仲町台、伊勢佐木長者町
2級 26,000 新羽、踊場、高島町

駅ランクはおおむね駅の利用者数に合わせて設定されています。
乗降客数が多い駅ほど駅ランクが高く、広告の掲載料金が高くなります。
しかし、駅ランクと乗降客数は必ずしも一致しておらず、駅ランクが高いのに乗降客数が少ない駅や駅ランクが低いのに乗降客数が多い駅が存在します。
このような逆転減少が起きている場合は、広告費をたくさん払って駅ランクが高い駅に掲載するよりも乗降客数が多いのに駅ランクが低い駅を選んで広告を掲載した方が多くの人の目にとまると考えられます。
費用対効果を考えると単純に高いお金を払えばよいとは限らないのです。

また、駅ランクをどの程度細かく設定するかは鉄道会社によって様々です。
駅ランク(駅等級)が多い例では、JR西日本は京阪神エリアの駅に16段階もの駅等級を設定し、それぞれの駅等級に対して広告掲載料金を設定しています。
一方少ない例では、JR九州では九州全土の駅に対して7段階しか駅ランクを設定しておらず、横浜市営地下鉄に至っては駅等級が4段階しか設定されていません(2023年7月1日現在)。
駅ごとの乗降客数に大きな差があるにも関わらず駅ランクの設定が少ないと、駅ランクが同じでも駅ごとに乗降客数の差が大きくなります。

また、駅ランクの数が少ないと駅ランクごとの広告掲載料金の差も大きくなり、わずかな乗降客数の差で駅ランクが1つ高くなり、結果として乗降客数に対する広告掲載料金が高すぎる/低すぎるため、費用対効果が悪い/良い駅が出てきます。
駅ランクが細かく設定されているとこの差が小さくなりあまり気にならない場合も多いでしょうが、駅ランクの設定が少ない鉄道会社の場合は駅によって大きな差が出ると考えられます。

そのため、広告主は広告費1円の支払いで何人の人に広告を見てもらえるかを定量的に検討した上で、最も費用対効果が高い媒体に広告を掲載する必要があります。
ここからは、駅ごとの乗降客数のデータと駅ランク・広告掲載料金のデータを利用して、駅ばりポスター広告の掲載料金の費用対効果が良い/悪い駅を調べていきます。

分析対象路線とデータについて

横浜市営地下鉄の路線図。ブルーラインとグリーンラインの2路線からなる。センター北駅からセンター南駅までの区間は路線が並行しており、両駅の改札とも2路線のは1箇所にまとまっている。出典:Wikimedia Commons, ©Hisagi at Japanese Wikipedia, CC BY 3.0, 2023/7/1閲覧

今回は横浜市営地下鉄を分析対象として選びました。
次の2点が選定理由です。
・横浜市営地下鉄は駅等級が4段階しか設定されておらず、駅ごとの広告の費用対効果のばらつきが大きくなると想定
・駅ごとの乗降客数のデータを月単位でCSVで公開しており、気軽にデータを利用可能

取得したデータと出典は次の通りです。
①駅等級と広告掲載料金:横浜市交通局「横浜市営交通 広告メディアガイド2023」 2023/6/30閲覧
②駅ごとの乗降客数:横浜市統計書 第9章 道路、運輸及び通信 横浜市 2023/6/30閲覧
・ブルーライン乗降車人員_年次/最新掲載:令和4年度(CSV:42KB)
・グリーンライン乗降車人員_年次/最新掲載:令和4年度(CSV:11KB)

直近はコロナ禍の影響で乗降客数の変動が激しいため、2019年度の乗降客数のデータを使用しました。
今後は2023年3月に開業した相鉄・東急直通線(新横浜線)の影響が予想されますが、単純化のために今回は考慮しません。

分析と考察

ここからは、広告主が支払う広告費に対して、どのくらいの人が見てくれるのか(費用対効果)を計算していきます。
はじめに、広告費を1円あたりの乗降客数を計算し、どの駅が費用対効果が良い/悪いかを見ていきます。
駅の利用者全員が広告を見るわけではないので、次に実際に広告を見た人の人数を算出し、広告費を1円支払うことで何人に実際に見てもらえるのかを計算します。

広告費1円あたりの乗降客数

はじめに、2019年の乗降客数と広告掲載料金のデータを使って、広告費1円あたりの乗降客数を算出しました。
計算式は以下のとおりです。年間乗降客数を広告掲載期間に合わせて7日あたりに直しています。
「広告費1円あたりの乗降客数」=「7日間あたりの乗降客数」÷「B0版広告掲載料金(1週間)」

この値が大きいほど、同じ金額でより多くの乗降客数がいる駅に掲示できるため費用対効果が良いと考えられます。

次の表は「広告費1円あたりの乗降客数」の上位駅です。

表 駅ごとの広告費1円あたりの乗降客数(降順上位抜粋、駅名のGはグリーンライン単独駅)

駅等級 広告掲載料金(B0・1週間) 乗降客数
(7日間)
広告費1円あたりの乗降客数
横浜 特級A 54,000 1,011,076 18.7
戸塚 特級B 46,000 623,552 13.6
センター北 特級B 46,000 605,259 13.2
センター南 特級B 46,000 603,863 13.1
日吉(G) 特級A 54,000 595,990 11.0
あざみ野 特級A 54,000 561,921 10.4
上大岡 特級A 54,000 515,915 9.6
新横浜 特級A 54,000 510,640 9.5
桜木町 1級 36,000 275,375 7.6
湘南台 特級B 46,000 337,088 7.3
仲町台 1級 36,000 236,135 6.6
関内 特級A 54,000 328,614 6.1
新羽 2級 26,000 150,425 5.8

「広告費1円あたりの乗降客数」は横浜駅が圧倒的です。
横浜駅は地下鉄駅全体の中で乗降客が圧倒的に多いにも関わらず、駅等級が他の駅と同じ等級(特級A)にまとめられてしまっているため、費用対効果が高い結果になりました。
言わずとしれた横浜市の中心駅であり、広告の需要も非常に多いと考えられるため、独立した等級を作って高めの料金設定にしても良さそうです(広告枠の充足状況次第ですが)。

特級Aの料金を支払って広告を掲載しても、横浜駅と関内駅では「広告費1円あたりの乗降客数」が3倍も変わるため、横浜駅の広告枠のお得度が際立っています。
一方で関内駅は乗降客数に対して広告料金が高めなので、乗降客数が半分程度の仲町台駅や新羽駅と費用対効果の面ではあまり変わりません。

駅等級が特級A, Bなど広告料金が高めの駅が「広告費1円あたりの乗降客数」の上位を占めているため、高い広告料金を支払った方が結果的に費用対効果が高い結果になりました。
ただし、高い駅等級の駅ならどこでも良いというわけではなく、横浜駅以外の特級Aの駅に掲示するよりも、特級Bだが乗降客数が多い戸塚やセンター北、センター南に掲示した方が費用対効果が高いです。
このあたりは、単純な乗降客数と駅等級の設定の乖離が影響しており、計算しないとわかりません。

次に下位駅についても見てきます。

表 駅ごとの広告費1円あたりの乗降客数(降順下位抜粋、駅名のGはグリーンライン単独駅)

駅等級 広告掲載料金(B0・1週間) 乗降客数
(7日間)
広告費1円あたりの乗降客数
日吉本町(G) 1級 36,000 117,484 3.3
伊勢佐木長者町 1級 36,000 117,456 3.3
岸根公園 2級 26,000 83,412 3.2
高田(G) 1級 36,000 114,454 3.2
吉野町 1級 36,000 112,767 3.1
下永谷 2級 26,000 79,739 3.1
高島町 2級 26,000 74,967 2.9
東山田(G) 1級 36,000 73,594 2.0
下飯田 2級 26,000 46,121 1.8
川和町(G) 1級 36,000 59,524 1.7
舞岡 2級 26,000 39,779 1.5

「広告1円あたりの乗降客数」が最も低い舞岡駅(1.5)は、横浜駅(18.7)の10分の1以下です。
つまり、同じ金額の広告費を使っても費用対効果が10倍以上も違うということです。
舞岡駅の駅等級は最低の2級ですが、広告枠としての価値は厳しいものになっています。
下から4番目の下永谷駅と比べても費用対効果が半分以下なので、広告枠の有効活用を考えるのであればさらに等級を増やしてもいいかもしれません(一方で下位駅なので余計な手間・コストをかけずに現状維持というのも一つの考え方です)。

下位駅を見ると、11駅中4駅がグリーンラインの駅です。
ブルーライン32駅に対してグリーンラインはわずか10駅しか存在しないので、非常に高い割合です。
これは、グリーンラインでは駅等級が2級の駅が存在せず、乗降客数が少ない駅でも1級に設定しているためです。
たとえば、下から2番目の川和町駅は舞岡駅の2倍弱の乗降客数がいますが、駅等級が高いため費用対効果が悪化し、「広告1円あたりの乗降客数」で見ると乗降客数が少ない下飯田駅に負けています。
同様にグリーンラインの下位駅は乗降客数に対して駅等級が高すぎるため費用対効果が悪化しています。
これらの駅の広告枠の充足率はわかりませんが、充足率を上げたい場合は駅等級の見直しを検討する必要があるでしょう。

広告到達率と広告注目率

ここまでは、広告掲載期間中(1週間)の乗降客数で費用対効果を考えていましたが、広告を掲示しても乗降客全員が見るわけではありません。
実際に広告を見た人の割合を知るためには、広告到達率や広告注目率といった数値を使う必要があります。

広告到達率とは、広告の前を通った人をその場で呼び止めて、広告を見たかを質問して見た/見たような気がすると答えた人の割合です。
広告の前を通った人のうち、広告が目に入った人の割合です。

広告注目率とは、広告を見せて駅で見たことがある/見たような気がすると答えた人の割合です。
広告を見たことを(うっすらであっても)記憶している人の割合です。

広告到達率はその場で視界に入った人の割合であるのに対し、広告注目率は広告を見たことが記憶に残っている人の割合です。
そのため、広告到達率よりも広告注目率の方が小さくなります。

横浜市営地下鉄の広告注目率・広告到達率の数値は見つけられなかったため、同じ地下鉄の事業者である東京メトロが公表している数値を流用します。

東京メトロでは、継続的に広告別の広告注目率と広告到達率を調査・算出しています。
駅貼りポスターについては、以下のとおりです。

広告到達率:43.3%
広告注目率:29.4%
出典:東京メトロ広告効果調査〈駅メディア〉 株式会社メトロアドエージェンシー 2023/7/1閲覧

出典では詳細な割合を掲載しており、男性より女性の方が見た割合が高く、年代が上がるにつれて見た割合が減っていくと行った傾向がわかります。
ここでは、「広告費1円あたりの乗降客数」に上記の広告到達率/注目率の値を掛け算して広告費1円あたりの広告到達人数と広告注目人数を算出しました。

各駅一律に同じ数値を使っているため、費用対効果の順位は変わりませんが、実際に広告を見た人の人数に近い値になっています。
費用対効果上位と下位の駅の結果は次のとおりです。

表 駅ごとの広告1円あたりの広告到達率と注目率(降順上位抜粋、駅名のGはグリーンライン単独駅)

駅等級 広告費1円あたりの乗降客数 広告費1円あたりの広告到達人数 広告費1円あたりの広告注目人数
横浜 特級A 18.7 8.1 5.5
戸塚 特級B 13.6 5.9 4.0
センター北 特級B 13.2 5.7 3.9
センター南 特級B 13.1 5.7 3.9
日吉(G) 特級A 11.0 4.8 3.2
あざみ野 特級A 10.4 4.5 3.1
上大岡 特級A 9.6 4.1 2.8
新横浜 特級A 9.5 4.1 2.8
桜木町 1級 7.6 3.3 2.2
湘南台 特級B 7.3 3.2 2.2
仲町台 1級 6.6 2.8 1.9
関内 特級A 6.1 2.6 1.8
新羽 2級 5.8 2.5 1.7

表 駅ごとの広告1円あたりの広告到達率と注目率(降順下位抜粋、駅名のGはグリーンライン単独駅)

駅等級 広告費1円あたりの乗降客数 広告費1円あたりの広告到達人数 広告費1円あたりの広告注目人数
日吉本町(G) 1級 3.3 1.4 1.0
伊勢佐木長者町 1級 3.3 1.4 1.0
岸根公園 2級 3.2 1.4 0.9
高田(G) 1級 3.2 1.4 0.9
吉野町 1級 3.1 1.4 0.9
下永谷 2級 3.1 1.3 0.9
高島町 2級 2.9 1.2 0.8
東山田(G) 1級 2.0 0.9 0.6
下飯田 2級 1.8 0.8 0.5
川和町(G) 1級 1.7 0.7 0.5
舞岡 2級 1.5 0.7 0.4

広告費1円あたりおおむね1人から4, 5人程度に見てもらえるようです。
各駅の順位や比率は変わっていないので、横浜駅の際立った費用対効果の高さが目立ちます。
上位陣については新横浜駅までが費用対効果が高く、上位8駅に広告を集中投下するのが効率が良いということがわかります。
横浜市営地下鉄の全40駅のうち2割にあたる8駅が広告枠として魅力的という結果になったので、パレートの法則(2:8の法則)が成り立っています。

一方で下位4駅(東山田、下飯田、川和町、舞岡)は広告費1円あたりで見てもらえる人数が1.0人を切っており、費用対効果の悪さも目立ちます。

グリーンラインでは乗降客が少ない駅でも駅等級を1級にしていることが費用対効果の悪さにつながっています。
広告主側としては、グリーンラインの下位駅は避けた方が費用対効果が良いでしょう。

ブルーラインの下位駅は、市街化調整区域に位置する舞岡駅など、人口が希薄なエリアが多い一方、伊勢佐木長者町駅や高島町駅など、市街地エリアの駅も散見されます。
広告の費用対効果を高めるためには、市街地エリアであっても乗降客数を数値で確認した上で掲載駅を決めるのが大事だということがわかります。

まとめ

今回は、横浜市営地下鉄の各駅について駅広告の費用対効果を比較しました。
駅等級がわずか4段階しか設定されていないため、横浜駅のように広告掲載の費用対効果が飛び抜けて高い駅がある一方、舞岡駅のように費用対効果が著しく悪い駅も存在します。
また、グリーンライン単独駅のように駅等級の設定を改善したほうが良さそうな駅も見えてきました。

今回の分析では、公開データのみから広告の費用対効果を見積もりました。
実際には、駅構内の構造や広告の掲載場所によって人通りは変わってきますし、費用対効果が良い駅がわかっても広告枠が埋まっている場合もあります。
それでも、広告主側にとっては情報の非対称性がある中で費用対効果が良い場所を探す一つのアプローチになると思います。
一方で鉄道事業者側にとっては、これらの情報に加えて広告枠の実際の充足率を合わせて見ることが広告枠の価格設定最適化につながると考えられます。

参考文献

駅等級(駅ランク) 株式会社春光社 2023/7/1閲覧
2023 全国鉄道広告料金表 公益財団法人 日本鉄道広告協会 2023/7/1閲覧
JR西日本 交通広告料金表 メディアガイド 2023年度版 西日本旅客鉄道株式会社 2023/7/1閲覧
JR九州エージェンシー株式会社「JR九州 メディアガイド 2023」 九州旅客鉄道株式会社 2023/7/1閲覧
横浜市交通局「横浜市営交通 広告メディアガイド2023」 2023/6/30閲覧
市営交通の広告 横浜市交通局 2023/6/30閲覧
到達率 株式会社春光社 2023/7/1閲覧
広告注目率 ホームメイト 東建コーポレーション株式会社 2023/7/1閲覧
東京メトロ広告効果調査〈駅メディア〉 株式会社メトロアドエージェンシー 2023/7/1閲覧
駅メディア|メディアガイド 株式会社メトロアドエージェンシー 2023/6/30閲覧
横浜市統計書 第9章 道路、運輸及び通信 横浜市 2023/6/30閲覧
舞岡駅 ウィキペディア 2023/7/2閲覧

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