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売上を増やすための価格戦略(ピグーの価格差別化)

2023年11月5日

顧客に商品やサービスを販売する際に一律に価格設定を行うと、高すぎて買わない顧客が出る一方で、もっと高くても買う顧客からは売上を増やす機会損失になってしまいます。
そのため、ビジネスの利益を最大化するためには顧客に応じた価格設定(価格差別化戦略)を行うことが重要です。
このページでは、イギリスの経済学者ピグーが提唱した第1級から第3級の価格差別化について具体例とともに紹介します。

ピグーの価格差別化

企業が同じ商品を顧客ごとに違う価格で売ることで売上や利益を最大化しようとすることを価格差別化といいます。
価格差別化を行う前提条件として、顧客が複数のセグメントに分割可能であり、セグメントごとの需要や価格感応度が異なる必要があります。

イギリスの経済学者ピグー(Arthur Cecil Pigou, 1877-1959)は、鉄道運賃を例に価格差別化を第1級から第3級までの3種類に分類しました。
以下では、これらの価格差別化の内容と具体例について見ていきます。

第1級の価格差別化

第1級の価格差別化とは、顧客ごとに値段がいくらなら買っても良いかというお財布事情(支払意思額)に応じた価格設定です。
現実には全ての顧客の支払意思額(お財布事情)を把握することが不可能であり、顧客ごとに個別に価格設定を行うことも難しいです。
そのため、第1級の価格差別化は現実的には実現困難です。

第2級の価格差別化

第2級の価格差別化とは、顧客が購入する数量に応じて価格が変わる価格設定です。
バラ売りが割高でまとめ買いが割安になる価格設定のことです。
同じ商品を1個だけ買う場合は割高に価格設定し、複数個セットで購入する際には1個あたりの価格が低くなるような価格設定にします。
第2級の価格差別化の特徴は、まとめ買いをして割安に買うか1個ずつ購入して割高に買うかを顧客側が自由に選べることです(第3級の価格差別化は企業側が顧客を線引きして価格設定)。

第2級の価格差別化の例として、鉄道やバスの回数券が該当します。
JR各社の普通回数乗車券は同じ料金のきっぷ10枚分の価格で11枚のきっぷを購入できます。
割高になりますがきっぷをバラで買うこともでき、顧客は安く買うか高く買うかを自由に選べます。

他にも、鉄道の乗車区間が長距離になるほど1 kmあたりの価格が小さくなる遠距離逓減制も第2級の価格差別化です。
航空会社のマイレージサービスも搭乗区間の距離に応じてマイルが貯まるため、第2級の価格差別化の変形と考えることもできます。

第2級の価格差別化と価格弾力性

次になぜ企業が第2級の価格差別化を行うかについて説明します。

第2級の価格差別化においてまとめ買いに対して割引することは、一見すると企業が損するような価格設定に見えます。
もし、顧客が割引をしなくても同じ数量を購入するのであれば、1個でも10個でも同じ単価で販売した方が利益が大きくなります。
一方で、大量購入による割引を行うことで顧客の購入数量が増えるのであれば、まとめ買いを誘発した方が利益が増えます。

このような顧客が割引に対してどのように反応するかを価格弾力性といいます。
大量購入による割引額を増やすことで顧客の購入数量が増えることを「価格弾力性が高い」といい、反対に割引を行っても顧客の購入数量が増えづらいことを「価格弾力性が低い」といいます。

第2級の価格差別化は、大量購入割引により顧客の購入量が増加する価格弾力性が高い商品・サービスに対して導入すべき価格戦略です。
価格弾力性が低い商品に対して第2級の価格差別化を行ってしまうと、たまたま必要だから複数個購入した顧客に対して割引をするだけで安いから買う量を増やす顧客が少ないため、結果的に全体の利益が減少してしまいます。
そのため、企業は商品やサービスの価格弾力性を見極めた上で第2級の価格差別化を導入するか否かを決める必要があります。

セット販売(抱き合わせ販売)

第2級の価格差別化は同じ商品の大量購入に限らず、違う商品を組み合わせたセット販売(抱き合わせ販売)の形で行われることもあります。
ハンバーガーショップでは、ハンバーガーとポテト、ドリンクのセット販売を行っており、それぞれを単品で買うよりも安くなります。
これは、原価率の高いハンバーガーで集客し、原価率の低いポテトとドリンクを合わせて販売することで利益を上げる販売戦略です。
そのため、セット販売の価格を安く設定して顧客にお買い得に見せる一方、ポテトとドリンクも買わせることで全体の原価率を低下させて利益率を高めています。

第3級の価格差別化

第3級の価格差別化とは、顧客を何らかの属性に応じてセグメントに分割し、セグメントに対して異なる価格設定を行うことです。

第3級の価格差別化の例として、以下のようなものがあります。
・映画館のレディース割引(性別に基づく価格差別)
・公営施設のシニア割引(年齢に基づく価格差別)
・博物館や鉄道などの学生割引(所属身分に基づく価格差別)
・タクシーやレストランなどの深夜割増料金(時間帯による価格差別)

第3級の価格差別化は企業側が顧客をグループ分けし、それぞれに対して異なる価格設定を行います。
企業が顧客の特徴をある程度把握でき、適切にセグメント化できる場合に行われます。
第2級の価格差別化では顧客自身が価格(1個あたりの単価)を選択できるのに対し、第3級の価格差別化では顧客側は価格を選択できません。
そのため、第3級の価格差別化を行うためには、顧客側に価格差別を受け入れてもらう必要があります。

第3級の価格差別化が機能しない場合

最後に、第3級の価格差別化が難しい場合について紹介します。
第3級の価格差別化戦略はどんな商品にも適用できるわけではなく、うまく機能しない場合があります。
以下では、第3級の価格差別化ができない4種類の例(転売者の存在、価格変更のコストが高い、顧客の反発、法規制)について紹介します。

1.転売者の存在(裁定取引可能である)
商品やサービスが転売可能であれば、安い市場から買って高い市場で売却する裁定取引(アービトラージ)を行う者が現れます。
そのため、転売できる商品に対して第3級の価格差別化を行っても、顧客は転売者から安い値段で商品を購入するため企業の利益になりません。

例えば、鉄道のきっぷを大人には定額、子供には半額で販売するとします。
もし大人にも子供にも全く同じきっぷを渡してしまうと、転売可能になってしまいます。
子供を雇って子供にきっぷを買わせてそれを大人に転売することで裁定取引ができた上に利益を上乗せできます。
転売者が利益を上げられるのは、子供のきっぷが安すぎるため数%上乗せしても大人向けの定額きっぷよりはるかに安いためです。

このような状況は企業側の不利益になるため、転売を禁止にしたり記名人のみ有効などの条件をつける対策をしています。
実際の鉄道では、子供用きっぷには区別できるようなマークが入っており、大人が使用するのは不正乗車になります。

参考

転売対策をしない(できない)事例
裁定取引可能な状態で残っているのは、裁定取引が無視できるほど少ない場合か、裁定取引を防止すると副作用が大きすぎる場合などがあります。

現実の例として、金券ショップでの回数券のバラ売りがあります。
JR各社の普通回数乗車券は、同一運賃区間のきっぷ11枚を10枚分の値段で販売していますが、無記名で誰でも使えるため金券ショップで1枚単位で購入できます。
金券ショップで購入されてしまうと1回しか利用していない乗客からも少ない運賃しか取ることができず、売上が減少します。
しかし、記名式にしてしまうと家庭内での利用まで制限してしまい影響が大きいため、転売対策ができずにいました。
最近では、JR東日本がICカード乗車券(Suica)を活用して回数券に代替するポイントサービスを開始する代わりに回数券を廃止するなど、転売対策が進んでいます。

ちなみに、ビジネス以外でも裁定取引可能な状態がそのままになっている例があります。
・EU(シェンゲン協定圏)内の国境地帯で買い物の際に税金の安い方の国で購入するため、税金が高い方の国の税収が増えない
・埼玉県と東京都の賃金水準に格差があるため、東京都に隣接する埼玉県の地域(所沢市など)で安い賃金で十分な労働者を集めることができない

これらの例では国・県ごとに税や賃金に関する水準が異なる一方、国や県をまたいだ移動が自由であるために裁定取引が発生します。
裁定取引を防ぐためには、国境や県境を封鎖したり関税を課す必要がありますが、影響が大きく現実的ではありません。
また、国境・県境に近い地域以外ではこのような裁定取引を行うのは難しいため、全体としては影響が少ないこともあって無視されるという側面もあります。

2.価格変更のコストが高い場合
価格の変更コストが高い場合も第3級の価格差別化が困難です。
たとえば、導入しているシステムの制約で価格変更を行う労力が高く、価格変更により得られる利益が失われるといった場合です。
Web広告の広告費の単価の変更は自動で行うことが出来ますが、スーパーに陳列している商品の価格改定となると、棚に置かれている値札を手作業で差し替える必要がある上に、POSのシステムに(場合によっては手作業で)新しい価格を入力する必要があります。
このため、スーパーの商品はWeb広告よりも価格変更のコストが高いと言えます。

3.顧客の反感
第3級の価格差別化を行うためには、価格差別を顧客に受け入れてもらう必要があります。
もし、顧客が受け入れられないような価格差別をしてしまったら、顧客が他社に逸走してしまったり、生活必需品であれば社会的な反発にもつながります。

参考

第3級の価格差別に顧客が反発した事例
顧客に価格差別が受け入れられなかった事例として、千葉県の北総鉄道(と京成電鉄)の沿線住民と空港利用者の価格差別があります。
北総鉄道は東京と成田空港を結ぶ鉄道路線(の一部)ですが、沿線に千葉ニュータウンの大規模住宅地を抱えるため通勤通学路線としても利用されています。
しかし、千葉ニュータウンの人口低迷による利用者数の少なさと莫大な建設費が原因で、北総鉄道は非常に割高な運賃体系になっています。
沿線住民は割高な運賃であっても利用する以外の選択肢はありませんが、東京から成田空港へ向かう利用者はバスや他路線など他に選択肢があります。
そのため、北総鉄道では千葉ニュータウン内各駅発着区間は距離に対して運賃が割高になり、東京から成田空港への通過利用に対しては割安になるような運賃体系にしています。
元々割高な運賃な上に二重運賃ともいえる運賃体系に沿線住民は反発し、訴訟が起こされて沿線自治体も巻き込んだ大問題になっています。

4.法規制による制約
商品を販売する企業が自由に価格設定できない場合も第3級の価格差別化が難しいです。
たとえば、法律により価格設定が認可制・届出制になっている場合です。
一例として、日本のタクシーの運賃は認可制であり、エリア(運賃ブロック)ごとに決められて運賃設定の範囲内におさめる必要があります。
認可された範囲を超えた運賃設定は行政処分(料金変更命令や営業停止処分)の対象となるため、第3級の価格差別化は現実的に難しいです。

参考文献

独占企業の価格差別戦略(第1種・第2種・第3種) 道産子北国の経済教室 2023/11/3閲覧
Price discrimination, Wikipedia 2023/11/3閲覧
マーケティング用語集 価格差別化  J-marketing.net 株式会社ジェイ・エム・アール生活総合研究所 2023/10/26閲覧
差別運賃(さべつうんちん)とは? コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2023/10/26閲覧
佐藤 公俊, 澤木 勝茂「レベニューマネジメント 収益管理の基礎からダイナミックプライシングまで」共立出版 (2020)
普通回数乗車券の発売終了について JR東日本 (2022/4/26) 2023/11/5閲覧
西田有里「「東京がなあ……」 嘆く埼玉の保育園 賃金格差で保育士流出」朝日新聞デジタル(2023/8/3) 2023/11/3閲覧
藤代政夫「北総鉄道運賃値下げと地方自治」一般社団法人 千葉県地方自治研究センター 2023/11/3閲覧
運賃・料金の概要 国土交通省 2023/11/4閲覧
タクシー事業に係る運賃制度について 国土交通省 2023/11/4閲覧
納得しがたいタクシー規制 日本経済新聞(2014/5/4)2023/11/4閲覧

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