コラム

正当性と正統性(北陸新幹線ルート選定問題の再燃)

2024年7月28日

意思決定の妥当性には「正当性」と「正統性」という2種類のせいとうせいがあります。
最近再燃している北陸新幹線のルート選定問題について、この2つのせいとうせいの観点から見ていきます。

北陸新幹線ルート選定問題の再燃

北陸新幹線を走るW7系電車(北陸新幹線・新高岡ー金沢間、石川県中部・津幡町)。試運転にて富山方面から金沢方面に向かって走るW7系電車を撮影している(2015/2/15)。出典:Wikimedia Commons, ©i北陸, CC BY 2.1, 2024/7/27閲覧
北陸新幹線の路線図。北陸新幹線は2024年7月現在、東京ー敦賀間が開通しており、未開通の敦賀ー新大阪間のおおまかなルートは決まっているが着工の見込みが立っていない。出典:Wikimedia Commons, ©Kawasemi556, CC BY-SA 4.0, 2024/7/27閲覧

ここ最近(24/7/28現在)、北陸新幹線の新大阪延伸ルート選定問題が再燃しています。

北陸新幹線は東京から北陸地方を経て新大阪に至る新幹線であり、起点の高崎(東京ー高崎は上越新幹線で開業済)から順に長野(1997年)、金沢(2015年)、敦賀(2024年)と開業していきました。
しかし、残りの区間である敦賀ー新大阪間はいまだ着工の目処が立っていません。
この区間のルートこそ2017年に決定しましたが、コロナ禍以降の物価高騰によって建設費の見込額が高騰し、新線建設の費用対効果を表す指標であるB/C(ビーバイシー)が1.0を大幅に下回る事態になり、建設しない方が全体の利益になるという状況になりました。
報道されているB/Cは次のとおりです。

表 北陸新幹線 敦賀ー新大阪間のルート別費用対効果等比較。
出典:中村 建太「北陸新幹線の延伸工費が倍増 費用対効果が条件割れ、国交省公表せず」(2024/7/18) 朝日新聞 2024/7/27閲覧

ルート名小浜・京都ルート(正式決定済ルート)米原ルート
通過地域敦賀駅~小浜市付近~京都府北部~京都駅~京都府南部~新大阪駅敦賀駅~滋賀県琵琶湖北東部~米原駅
建設距離約140km約50km
想定所要時間
(金沢ー新大阪)
1時間20分1時間41分
想定工期15年10年
概算建設費(2016年)約2.1兆円約5900億円
概算建設費(2024年)約3.5兆円約1兆円
B/C(2016年)1.12.2
B/C(2024年)0.51.0

B/Cが1を下回るということは建設にかかる総費用よりも開通によって得られる総利益の方が小さいということです。
当初はB/C以外の諸々の事情によりB/Cが相対的に低い小浜・京都ルートに決まり、このルートでもB/Cが1.0を上回るため建設しないより建設した方が良いということで建設が決まりました。
しかし、その後のコロナ禍での世界的な物価上昇で建設費が高騰して、建設した方が損という状態に陥りました。
記事によると、政府は計算の前提条件の数字を調整したり、地域のにぎわいを経済効果として盛り込むなどして再計算するようです。

この話が出てきたことをきっかけに北陸新幹線のルート選定問題が再燃し、一度は見送られた米原ルートを押す声が出ているようです。

正当性と正統性

この話を聞いて思うのは、正当性と正統性の話です。
どちらも「せいとうせい」と読みますがそれぞれ意味が異なります。
「正当性」は論理的・道義的に正しさを意味します。
たとえば、裁判結果が「不当判決」であるという主張は、裁判官の出した判決がこの「正当性」が欠けているという意味です。
一方、「正統性」は手続き的な正しさを意味します。
裁判の例で言えば、「本件は既に一度最高裁で無罪判決が出たから、再度裁判で裁かれるのはおかしい(一事不再理)」という主張は、この「正統性」が欠けているという主張です。
後者の例では、前者とは異なり、たとえ再度無罪判決が出たとしても、一事不再理の原則に反する手続き的に間違った裁判であるので、正当性(判決の妥当性)はあっても正統性(裁判という手続きの法的根拠)は無いということになります。

北陸新幹線ルート選定問題でいえば、当初はB/Cが1.0を上回るので建設した方が全体の利益がプラスになる(=正当性がある)ことに加え、手続き的にも法的に適切な方法でルート選定を行った(=正統性がある)ため、(反対派はいるが)正当性・正統性双方の観点で問題ありませんでした。
しかし、ルート決定後に前提条件が変わり、B/Cが1.0を割り込んで前者の正当性が崩れてしまいました。
この結果、決定済みの小浜・京都ルートは「正統性」はあるのに「正当性」が無いという想定外の事態となってしまいました。
この結果、正当性が崩れたことを理由に正統性を否定する(決定の前提条件となるB/Cの数値が変わったのだからルート選定はやり直すべき)主張が現れ、米原ルートが再注目されたということです。

ここで考え方としては2つあります。
一つは「一度決めた(正統性を満たした)のだからこのまま進む」というやり方です。
これは、合意形成には多大な調整が必要であり、前提条件が再度変わったからまたやり直すべきという主張を全て聞いていたら利害関係がある問題は永久に再検討し続けることになってしまうという考え方です。
たとえば、諫早湾の干拓問題では、水門の開閉をめぐって賛成派と反対派がそれぞれ国を訴えて、相互に矛盾する確定判決(水門を開け/開くな)が出てしまいました。
この2つの判決は正式な手続きを経た正統性のある判決ですが、明らかに矛盾する命令を国に下しているため、明らかに正当性に欠ける判決でもあります。
このような矛盾は、一度決めたことをやり直そうとすることが原因で起きるので、一度決めたことは変えないというのは賢明な判断ではあります。
諫早湾の問題では裁判所の判決まで出たので動けなくなってしまいましたが、少なくとも北陸新幹線の問題ではそうはなっていないので、一度決めたことは何があっても変えないという判断です。

この考え方の問題は、状況が変わって正当性が欠けたにも関わらず強引に進めてしまうと、ルート選定どころか政府や関係者自体の正当性を疑われてしまうということです。
つまり、税金をドブに捨てるような行為を民意を無視して勧めてしまうと、政府や推進派自治体に正当性が無いと思われ、その決定や法律を国民が守らなくなってしまうということです。
政治家の政治資金問題が問題になった際に、確定申告の会場で税務署職員に「なぜ政治家が不正を行っているのに我々が税金を正しく税金を納めないといけないのか」と詰め寄る人が出たことなどが実例です。

もう一つは「一度決めたことであっても、前提条件が変われば(正当性を満たさなくなった)、再検討する」というやり方です。
これは、意思決定は論理的・道義的妥当性を根拠に決めているため、正当性が失われれば必然的に正統性が失われるため、意思決定をやり直す必要があるという考え方です。
この例としては、確定死刑囚の再審があります。
たとえば、1966年に発生した強盗放火殺人事件である袴田事件では、1980年に死刑判決が確定しましたが、その後の2014年に再審請求が認められました。
これは、検察による被告証言の捏造が行われたり、技術革新によるDNA鑑定による新しい証拠が提示されたためです。
このように不適切な意思決定が重大な影響を及ぼす場合は、一度決めたことをやり直す対応がなされます。

この考え方の問題は、国家規模の意思決定には多くの利害関係者の調整が行われており、一度決めたことをやり直すということに膨大な手間がかかるということです。
当然、意思決定のプロセスも年単位で遅れる上に、一度決めたを覆す前例ができれば、自分が納得いかないという理由で決定事項を覆すべく妨害に走る人も出てきます。
利害関係が対立する人全員が同意することは不可能なので、決定事項が覆る可能性があると関係者に思わせたが最後、お互いに足を引っ張り合って永久に物事が進まないという事態になりかねません。
そのため、新幹線のルート選定のような利害関係間の対立が絶対に起きる問題では、この判断はなかなか難しいかと思います。

それでは、この問題に政府はどう動くのでしょうか。

政府はどう動くのか

記事によると、国交省と与党関係議員は計算の前提条件の数字を調整したり、地域のにぎわいを経済効果として盛り込むなどして再計算するようです。
基本的には「一度決めたのだからこのまま進む」方針であり、正当性が無くても小浜・京都ルートで進めるようです。
ただし、数値計算の方法を変更して無理やりB/Cを1.0以上にもっていき、正当性があることにしたいようです。
つまり、あくまで意思決定の基準として正当性が無くても正統性があれば一度決めたことでも変えないという考え方ですが、一応正当性があるように装うというのが政府の考え方です。
これで新幹線建設自体は進みますが、あとはこのような進め方でも国民が反発しないか、反発が小さければ問題ないということなのでしょう。

実際、同様の事例では「一度決めたのだからこのまま進む」方針が多いです。
たとえば、北海道新幹線の並行在来線バス転換問題では、北海道庁主導でバス転換を決定した後にバス会社が路線引受を拒否し、バス転換が困難になっています。
この事例では、沿線自治体の余市町が鉄道存続を希望したのに対し、道庁がバス会社への相談なしにバス転換を推進し、余市町を説得してバス転換が決定した後にバス会社が運転手不足を理由に引受を拒否しました。
他のバス会社も同様に運転手不足なので、廃止代替バスを引き受けるバス会社が現れる見込みはありません。
その結果、道庁は沿線自治体に対して具体的なバス運行案を提示できなくなってしまい、バス転換が停滞しています。
それでも道庁はバス転換をまだ諦めておらず、バス運転手確保を模索しているようです。

この北海道の事例は極端ですが、実現が難しい事態になっても一度決めたことを変えるのは難しいことの表れです。
北陸新幹線の場合はB/Cが1.0を下回ったとしても建設自体は実現可能なので、小浜・京都ルートで進むことになるでしょう。
あとは国民がこのような物事の進め方に反発しないかという問題が残りますが、国民の中でも立場によって利害関係の対立があるので、政治ゴシップのように多数派が一致して同じ意見というのは考えづらく、何だかんだで揉めつつもこのまま進んでいくのだと思います。

参考文献

中村 建太「北陸新幹線の延伸工費が倍増 費用対効果が条件割れ、国交省公表せず」(2024/7/18) 朝日新聞 2024/7/27閲覧
北陸新幹線 ウィキペディア 2024/7/27閲覧
北陸新幹線敦賀以西のルート選定 ウィキペディア 2024/7/27閲覧
北陸新幹線 「米原ルート」も含め検討求める決議採択 石川 (2024/7/25) NHK 2024/7/27閲覧
大屋 雄裕「正当性と正統性」 SYNODOS 2024/7/27閲覧
諫早湾干拓事業 ウィキペディア 2024/7/27閲覧
袴田事件 ウィキペディア 2024/7/27閲覧
櫛田 泉「北海道新幹線「並行在来線」バス転換協議が中断へ」(2023/11/07) 東洋経済オンライン 2024/7/27閲覧
熊谷 知喜 他「長万部-小樽のバス転換論議停滞 運転手不足で具体案出ず 新幹線延伸延期で温度差も」 (2024/7/10) 北海道新聞 2024/7/27閲覧

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