コラム

高校地理の地図帳大量訂正問題(訂正箇所の整理と原因の考察)

2022年に出版された高校地理の地図帳(検定教科書)に1200か所もの訂正が出版後に発生し、廃刊に追い込まれました。

訂正が1200か所あった「東京書籍」教科書、26年度廃刊…新高等地図(2023/8/10) 読売新聞オンライン 2023/8/10閲覧

問題になった地図帳:令和 4 年度用『新高等地図』(東京書籍)

このページでは、1200か所もの訂正内容をパターン別に整理した上で大量訂正の原因について考察してきます。

訂正内容の確認・整理

東京書籍のホームページに行くと、下記ページのリンク先から訂正箇所一覧のPDFを見ることができます。

高等学校 新高等地図(地図701)令和4年度発行 訂正に関する重要なお知らせ 東京書籍 2023/8/10閲覧

このPDFを見ながらどのような訂正があったのかを見ていきます。
PDFファイルが索引とそれ以外に分かれていることからわかるように、訂正の半数弱が索引ページに集中しています。

索引ページの訂正内容

1200か所もの訂正のうち600か所が索引と地図のページの不整合の訂正です。
そこで、訂正状況を俯瞰するために索引ページを見てみます。

令和4年(2022)度高校地理地図帳(東京書籍)の索引ページの訂正状況。索引ページ全体にわたって訂正箇所が点在し、出版前の最終校正・校閲が不十分であることがわかる。出典ページから取得できるPDFのうち、索引の1ページ目を取得している。出典:訂正内容一覧 東京書籍 2023/8/11閲覧

令和4年(2022)度高校地理地図帳(東京書籍)の索引ページの訂正状況(拡大)。索引ページ全体にわたって訂正箇所が点在し、出版前の最終校正・校閲が不十分であることがわかる。出典ページから取得できるPDFのうち、索引の1ページ目を取得している。出典:訂正内容一覧 東京書籍 2023/8/10閲覧

上の画像は東京書籍が公開している索引ページの訂正状況の抜粋です。
索引ページの見開き全体に渡って訂正箇所が存在していることがわかります。

出典:高等学校 新高等地図(地図701)令和4年度発行 訂正に関する重要なお知らせ 東京書籍 2023/8/10閲覧

索引ページ特有の訂正内容としては主に次の2種類があります。
①ページ番号や地図上の位置の誤り
②出版前の修正過程で削除した内容の索引からの削除漏れ

この地図帳の索引ページでは、その都市や場所が地図上のどの位置にあるのかわかるようにページ番号に加えて、地図上の位置をアルファベットと数字で表記しています。
この「地図上の位置」の記載内容に大量の間違いがあり、大量訂正につながっています(①)。
上の画像では、左から2列目下部の「アバカン」や「アバニア」のページと位置が丸で囲われており、訂正箇所であることを示しています。
同様の間違いは索引の全ページにわたって存在し、訂正箇所の大幅増加の原因になっています。

最後は削除漏れです。
上の画像の左側1列目の「アオジ」が削除となっており、削除漏れであることがわかります。
また、3列目下側の「アリカ」はアリカ[ブラジル]のみ削除になっており、アリカ[ペルー]は国名の削除と書かれています。
これは、同名の都市が複数ある場合に国名を後ろにつけて区別していたものの、出版前の修正の過程で片方が削除されたため、もう片方から国名をとる必要があったものの、索引の修正を怠ったためダブルで訂正につながっています。
このような訂正は①よりも少ないですが、索引特有の訂正内容です。

以上の①②の訂正は、出版前の修正の過程で地図帳のページ構成や記載内容がどんどん変わっていくことに起因します。
そのため、出版前の最終稿の段階で索引ページが最終稿に合うように修正する必要があります。
しかし、今回は索引ページ全体にわたって大量の訂正が発生しました。
訂正漏れにしてはあまりにも数が多いため、校正・校閲がほとんど行われていないのではと推察します。

その他の訂正内容

次に索引以外のページにも見られる訂正内容について見ていきます。
同一都市が複数ページにわたって登場するため、1つの都市を間違うと複数回の訂正が必要になり、訂正箇所数が増加します。

主要なものは次の4つです。
①単純な誤字・取り違え
②情報の更新漏れ
③表記ゆれへの対応
④地名のアルファベット表記の有無

①単純な誤字と取り違え

誤字としては、次のようなものがあります。
【誤】アイダホフールズ→【正】アイダホフールズ
【誤】K2(チョゴリ)山→【正】K2(チョゴリ山)
【誤】タミル盆地→【正】タリム盆地
【誤】ポルトーランス→【正】ポルトーランス
【誤】まっとう松任[富山]→まっとう松任[石川

取り違えとしては次のようなものがあります。
【誤】マゼラン海峡→【正】ドレーク海峡
【誤】(スリジャヤワルダナプラコッテとコロンボの表記位置) →【正】(表記位置を入れ替える)
【誤】[マカオの人口](人口100~300万の都市)→【正】(人口50~100万の都市)

これらの訂正も出版前の校正・校閲が不十分であることが原因のミスです。
外国の地名の濁音や半濁音についての間違えが目立ちます。
日本の地名は清音と濁音がまぎらわしい例(例:東京都大田区(おお)と島根県大田市(おお))がたくさんありますが、外国の地名は表記ゆれがないので明らかな誤りです。
松任がある県名についても単純に知識不足で間違えたのではないかと思います。

変わり種としては漢字へのルビの振り方の訂正があります。
カッコ内がルビに当たる部分です。
【誤】勿(なこ)来(その)関(せき)跡(あと)→【正】勿(な)来(こその)関(せき)跡(あと)

勿来(なこそ)は福島県いわき市の地名です、
勿来のルビの振り方として、「勿」に「な」のみを振り、「来」の「こその」の3文字を振る訂正をしています。
訂正前の書き方でも誤りとされることは無いとは思いますが、この修正は出版社としてのこだわりを感じる訂正です。

②情報の更新漏れ

次の訂正は、情報の更新漏れです。
地図帳に記載されている内容は絶えず変わっていき、昔の地図帳の内容が現況と合わなくなることがよくあります。
たとえば、首都移転や地名の変更、山の標高の再測定などは日常的に行われています。

政治的な配慮が必要な場合もあります。
たとえば、ウクライナの地名は従来ロシア語の発音のカタカナ転記(例:キエフ)を使用していましたが、2022年のロシアのウクライナ侵攻を契機に、ウクライナ語の発音のカタカナ転記(例:キーウ)に変更されました。

【誤】2021年4月現在→【正】2022年7月現在
【誤】マッキンリー山(デナリ)→【正】デナリ(マッキンリー山)
【誤】[デナリの標高] 6194→【正】6190
【誤】チェルノブイリ→【正】チョルノービリ(チェルノブイリ)
【誤】ネパール連邦民主共和国→【正】ネパール

ウクライナの地名表記やネパールの国名変更は直近数年で発生したことなので、更新漏れがおきてもやむを得ないと思います。
一方、デナリの標高が更新されたの2012年、山の名前がマッキンリーからデナリに変更されたのは2015年なので今回がはじめての変更ではないはずです。
今回大量訂正問題が発生してあぶり出されただけで、過去の地図帳でも情報更新されずにいたのではないかと思います。

③表記ゆれへの対応

外国の地名をカタカナへ転記する際に複数の表記があります。
どれを採用するについて、出版社の方針に反する表記の訂正漏れです。
高校地理では、地図帳を発行している三社が自主的に集まって地名や地理用語の表記の統一を行っています。
この統一された表記に合わせるための訂正であると考えられます。

【誤】メディナ→【正】メジナ
【誤】イスファハン→【正】イスファハーン
【誤】ギーザ→【正】ギザ
【誤】マレー川→【正】マーレー川

今回の地図帳の地名表記の中にはあまり一般的でない表記を採用している例があります。
たとえば、上記のうちメジナはサウジアラビア西部に位置するイスラム教の聖地の都市のことです。
この都市の呼び方には表記ゆれがありますが、一般的にはメディナまたはマディーナとよばれています。
メジナも使われていないわけではないですが少数派です。
初稿では一般的な地名表記を何気なく書いてしまうことがしばしば起きるでしょうが、あえて一般的ではない表記を採用することで訂正対象が増え、結果として訂正漏れが増えてしまったと考えられます。

また、マイナーな表記しか知らないと、教科書以外で調べる際に支障が出る原因にもなります。
たとえば、「メジナ」とGoogle検索しても上位には魚のことしか表示されず、当該都市の情報を得るためには「メディナ」または「マディーナ」で検索したほうが良いです。
「メジナ」という呼び方しか知らない場合は情報収集が難しくなります。
高校教育と大学入試だけに閉じた世界では出版社間で統一できれば良いのかもしれませんが、高校地理の用語をネットで検索して情報収集するのは当たり前のことです。
高校生の学びが学校や入試だけに閉じた世界で完結しないように、もう少し一般的に使われている表記を採用した方が校正での修正も減って一石二鳥です。

④地名のアルファベット表記の有無

この地図帳は日本語で地名が書かれていますが、一部アルファベット表記が併記されている箇所があります。
このアルファベット表記を併記するか否かについての訂正が複数箇所で行われています。
アルファベット表記の併記基準がわからないですが、言われなければ気づかないパターンの訂正です。

【誤】ポンティアナクPontianak →【正】ポンティアナク
【誤】アシュート→【正】アシュート Asyut

訂正1200か所≠間違い1200箇所

今回は1200箇所の訂正内容をざっくり分類してみました。
ニュース記事の中には「間違いだらけの教科書」と表現しているものもありますが、訂正があった=間違いがあったわけではありません。
表記ゆれのどれを採用するかなど、訂正前の表記も間違いとは言えない箇所も存在します。

純粋なミスとしては大きく分けて2つあり、索引ページの訂正内容とその他のページの「①単純な誤字と取り違え」です。
それ以外の②~④については、訂正前が間違いとは言い難いような修正です。
また、2010年代前半の変更が今回訂正漏れとして露呈していることから、過去の地図帳についても問題になっていないだけで②~④の訂正すべき箇所は多数あるのではないかと想像します。
今回はたまたま索引や①の問題が多すぎたために出版後すぐに高校の先生の指摘にあい、それがきっかけで総点検して1200か所もの訂正箇所があぶりだされました。
しかし、索引と①の主要な箇所のミスが校正されれば、残りのミスは誰からも気づかれずに残るでしょう。
そのため、同様の地図帳は数百箇所もの訂正箇所があっても誰からも気づかれずに流通していたと思われます。

1200か所の訂正と聞くと地図帳のすべてが間違っているように思える膨大な数に思えますが、誰にも気づかれない訂正箇所が数百箇所ベースにあることに加えて、索引の修正ミスなどが上積みされたものです。
単純な誤字もそれなりに多くてそれはもちろん大きな問題ですが、索引を使わない人からすると1200か所も問題があるようには思えないでしょう。

大量訂正の原因の考察

ここからは、大量訂正の原因について考察していきます。
原因について、東京書籍は次のようにコメントしています。

「コロナ禍の影響で検閲体制がリモートワークとなり、委托(いたく)先と連携が十分にとれず、校閲の不足が起きてしまった」
出典:“間違い”だらけの教科書…間違いや訂正が必要な部分“約1200か所” 一体なぜ? 日テレNEWS 2023/8/10閲覧

教育課程に合わせた内容の見直しが必要な中で、コロナで働き方が変わったことが原因のようです。
この地図帳は何度も出版されており、今回がはじめてではありません。
ある程度やり方は決まっており、WBSには検閲の項目も時間も取られていたはずです。
そのため、リモートワークでの働き方に適応できずに原稿作成が遅延し、締切を守るために最後に校正・校閲を行う工程を飛ばしてしまったのではないかと推察します。

プロジェクトを進めるにあたって不慮の事態(今回はコロナ)が発生して時間が不足してしまった際に、どこで辻褄を合わせるかは難しい問題です。
訂正箇所の状況から、今回は一番最後の校正・校閲の過程を飛ばすことでスケジュールを間に合わせてしまったと思われます。
しかし、その結果出版できたもののすぐに高校の先生から指摘があり、再配布さらには廃刊に追い込まれてしまいました。

今回の問題は訂正自体が問題なのではなく、たとえ時間がなくても校正・校閲の時間を取って明らかな間違いを取り除くことが品質管理・リスク管理として重要であることを示唆しています。

参考文献

高等学校 新高等地図(地図701)令和4年度発行 訂正に関する重要なお知らせ 東京書籍 2023/8/10閲覧
新高等地図 | 令和6年度用高等学校教科書・シラバス 東京書籍 2023/8/10閲覧
高校地図教科書1200カ所訂正 東京書籍2万5千冊再配布(2023/2/18) 日本経済新聞 2023/8/10閲覧
訂正が1200か所あった「東京書籍」教科書、26年度廃刊…新高等地図(2023/8/10) 読売新聞オンライン 2023/8/10閲覧
“間違い”だらけの教科書…間違いや訂正が必要な部分“約1200か所” 一体なぜ? 日テレNEWS 2023/8/10閲覧
デナリ ウィキペディア 2023/8/11閲覧
岡本佐智子「国の地名表記の現状と課題─教科書および副教材における表記の「ゆれ」から─」北海道文教大学論集 19, 59-71 (2018)

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