水産業 系統地理

遠洋漁業(はえ縄漁・一本釣り漁)


遠洋漁業は、自国から遠く離れた海域で行う漁業形態です。
このページでは、遠洋漁業について、代表的な漁法(マグロはえ縄漁やカツオ一本釣り漁)と日本の遠洋漁業の歴史について解説します。

遠洋漁業とは

停泊中の工船「ソドルジェストヴォ」(1988-2013、ロシア極東・沿海州・ウラジオストク)。工船は船内に水産品加工設備をもつ船であり、ソドルジェストヴォでは魚やカニ(蟹)を原料にして缶詰や魚油などを製造していた。数か月から年単位で母港を離れる遠洋漁業では、漁獲した魚介類を長期保存できる形に加工する工船の存在が重要であり、複数の船団を組んで漁獲したものを工船に集めて加工する。工船の中でもカニを対象とするものを蟹工船と呼び、戦前から戦後にかけての日本の北洋漁業(太平洋北部海域での遠洋漁業)で盛んであった。出典:Wikimedia Commons, ©Виталий Шатилов (vitalicus75), CC BY-SA 3.0, 2026/10/26閲覧

遠洋漁業は、母港から遠く離れた世界各地の漁場に数か月から年単位で滞留して行う漁業形態です。
沿岸漁業や沖合漁業が自国の周辺海域で漁業を行うのに対し、遠洋漁業では公海上もしくは外国の排他的経済水域(EEZ)内で漁業を行います。

遠隔地を漁場とするため必然的に長期間の航海となり、こまめに港に戻れないため大型船を用いて大人数で組織的に漁業を行います。
漁獲した魚介類はそのままでは腐敗してしまうため、船内に冷凍設備を設置したり、船上で加工して缶詰や魚油など長期保存可能な製品を製造します。
このような水産品加工設備をもつ船を工船と呼び、遠洋漁業では漁獲物の商品価値を保存する重要な存在です。
遠洋漁業では、工船を母船とした船団を組み、他の船が漁獲した魚介類を工船に集めて冷凍したり、缶詰などに加工します。

遠洋漁業では、多額の費用をかけて遠隔地まで出向くため、高値で売れるマグロやカツオ、イカなどを漁獲対象とします。
漁獲対象ごとに効率的に漁獲できる漁法が開発されており、マグロであればはえ縄漁、カツオでは一本釣り、イカでは夜間に照明をつけて光でおびき寄せるイカ釣り漁があります。

ニュージーランドのクック海峡(南島と北島の間)を航行する日本のイカ釣り漁船(1988年)。両舷に並んでいる格子状のフレーム群は、夜間にイカをおびき寄せるための集魚灯フレーム(集魚灯バンク)である。日本では、世界各地に出向いて漁を行う遠洋漁業が盛んであったが、1970年代に世界各国が相次いで200海里以内の漁業資源を独占する水域(漁業専管水域)を設定したことで自由に漁業を行えなくなり、衰退していった。出典:Wikimedia Commons, ©Phillip Capper from Wellington, New Zealand, CC BY-SA 2.0, 2026/11/7閲覧

代表的な漁法

ここでは、遠洋漁業の代表的な漁法(マグロはえ縄漁やカツオ一本釣り漁)について紹介します。

マグロはえ縄漁

はえ縄漁の模式図。はえ縄漁は、非常に長い一本の縄(幹縄)を伸ばし、その縄に数千本もの釣り針付きの縄(枝縄)をぶらさげて、釣り針に食いついた魚を獲る漁法である。縄が海中に沈まないように、所々に浮きがつなげられている。釣り針1つ1つにはエサがつけられており、このエサに食いつくことで釣り針をかんで動けなくなる。しばらく時間を置いて多数の魚が捕まった所を、縄ごとまとめて船に引き上げる。遠洋漁業におけるマグロはえ縄漁が代表的である。出典:漁業種類イラスト集 農林水産省 2026/11/5閲覧

はえ縄漁は、非常に長い一本の縄を伸ばし、その縄に数千本もの釣り針付きの縄をぶらさげて、釣り針に食いついた魚を獲る漁法です。
多数の釣り針1本ずつにエサをつけ、非常に長い縄を海中に投入します。
数時間ほど放置して多数の魚がエサにつられて釣り針に引っかかって動けなくなった所を、縄ごとまとめて船に引き上げます。

代表的な漁獲対象はマグロ(鮪)です。
大洋を回遊するマグロは、少数の群れでやや深い場所を高速で泳ぐため、網を使って漁獲するのが難しいです。
このため、釣り針にエサをぶら下げて待ち伏せする形で漁獲するはえ縄漁に向いています。
遠洋漁業におけるマグロはえ縄漁が代表的であり、世界各地の大洋に出向いて漁を行います。

カリブ海のセントマーチン島(西インド諸島)に停泊してマグロの解体を行っている日本の遠洋漁業船(1966年)。遠洋漁業では、数か月から年単位で漁業を続けるため、漁獲物が傷まないように船内で処理して保存しやすい状態に加工したり、寄港地で陸に上げる。日本では、世界各地に出向いて漁を行う遠洋漁業が盛んであったが、1970年代に世界各国で200海里水域が設定されたことで各地での漁業が沿岸国の制限下におかれたため、大きな打撃を受けて衰退していった。出典:Wikimedia Commons, ©wilford peloquin, CC BY-SA 2.0, 2026/11/7閲覧

カツオ一本釣り漁

カツオ一本釣り漁の模式図。カツオ一本釣り漁は、漁師が釣竿を使って手動でカツオを一匹ずつ釣り上げる漁法である。網などで魚体を傷つけない漁法であり、高品質なカツオを供給できる。また、漁獲量を調整しやすいため、資源の獲り過ぎも避けやすい。出典:漁業種類イラスト集 農林水産省 2026/11/5閲覧

カツオ一本釣り漁は、漁師が釣竿を使って手動でカツオ(鰹)を一匹ずつ釣り上げる漁法です。
太平洋の沖合に出てカツオの群れを探索し、エサでおびき寄せた所に釣り糸を垂らし、食いついた瞬間に釣竿を跳ね上げるようにして釣り上げます。

一本釣り漁では、沖合まで出向いて一匹ずつ釣り上げるため人手がかかる漁法ですが、網を使わず魚体が傷つきづらいため、魚の鮮度を保ちやすくなります。
カツオは高値で売れる魚なので、遠洋まで出向いて一本釣り漁を行い高品質なカツオを漁獲することで、より高価格で売ることができます。

日本の遠洋漁業

漁業・養殖業の生産量の推移(1965-2023)。農林水産省「漁業・養殖業生産統計」が原典である。1990年代以降、日本の漁獲量は減少傾向であり、特に遠洋漁業と沖合漁業の落ち込みが激しい。出典:(1)漁業・養殖業の国内生産の動向 令和6年度 水産白書 水産庁 2026/10/18閲覧

日本では、明治~大正時代に遠洋漁業が発展し、太平洋戦争(第二次世界大戦)による中断を経て戦後に再開しましたが、1970年代に世界各国で200海里(370km)の排他的経済水域が設定されたことで衰退しました。
以下では、日本の遠洋漁業の歴史的経緯について解説します。

日本では江戸時代の海禁政策(いわゆる鎖国)により大洋を航海できるような大型船の建造が禁止されており、漁業は沿岸部(沿岸漁業)に限られていました。
明治時代に入ると、海外渡航や大型船の建造が解禁され、日本の漁業はより沖合に移行していきます。
沿岸漁業から沖合漁業、沖合漁業から遠洋漁業へと拡大するに伴い、漁船も大型化していきます。

戦前の遠洋漁業の中でも特に盛んだったのが、北洋漁業です。
北洋漁業は、日本の北方にあたるオホーツク海やベーリング海、太平洋北部で行われる遠洋漁業です。
この海域は、好漁場として知られる太平洋北西部漁場(北西太平洋漁場)の一部であり、サケ(鮭)・マス(鱒)、カニ(蟹)など高値で売れる魚介類が豊富です。

樺太や千島列島はアイヌなどの先住民族が住んでいましたが、18世紀後半(江戸時代中頃)には日本人が番屋を建てて組織的に漁業を行うようになりました。
これに前後して、17-18世紀にはヨーロッパから東へ勢力拡大(東方進出)を続けたロシア人がオホーツク海沿岸部まで到達し、大陸部はロシア領に組み込まれ、日本と隣接するようになります。
江戸時代までは沿岸漁業中心だった日本の漁船は、明治時代には漁場を広げ、オホーツク海やロシア沿岸(沿海州やアムール川河口、カムチャツカ半島など)にも進出していきます。
さらに、1907年に漁業ルールの取り決めである日露漁業協約が締結されたのを契機に、ロシア沿岸部で北洋漁業が盛んに行われるようになります。
この時期には遠洋漁業の基地となった北海道の函館が発展します。
しかし、1917年にロシア革命が勃発してソビエト社会主義共和国連邦(ソ連)が成立すると、革命による混乱やソ連政府との漁業ルール再交渉により、ソ連近海での漁業の制約が大きくなりました。
このため、ソ連近海での北洋漁業が縮小し、代わりに日本の漁船はベーリング海やアラスカ方面(ブリストル湾など)まで進出するようになりました。

ソ連やアラスカ(米国)、カナダでは、日本の漁船が沿岸部に大量に押し寄せて乱獲するため、日本に脅威を感じるようになりました。
当時は、領海3海里(5.5km)の外は公海上で、自由に漁業ができる海域でした(公海自由の原則)。
しかし、魚は境界とは無関係に動くため、領海のすぐ外側で乱獲すると領海内の資源まで枯渇してしまいます。
このため、水産資源をめぐり、各国とのあつれきも発生しました。

日本の遠洋漁業は太平洋戦争(1941-1945)により一旦消滅しますが、戦後に占領軍(GHQ)に許されて再び世界中の海で遠洋漁業を行うようになります。
しかし、戦前に日本が行った乱獲に対する警戒感が強いアメリカ合衆国のトルーマン大統領(H. S. Truman, 在1945-1953)は、1945年に自国の漁業権益保護のためにトルーマン宣言を行います。
トルーマン宣言は、米国の領海に隣接する海域(接続水域)の水産資源は米国が管理するという宣言であり、領海ギリギリの公海上で乱獲していた戦前の日本の漁船を意識したものでした。
このトルーマン宣言に触発され、1952年には南米3か国(チリ、ペルー、エクアドル)がサンチアゴ宣言を行い、海岸から200海里(370km)以内の資源は自国のものであると主張しました。
また、韓国の李承晩りしょうばん大統領は、1952年に自国が水産資源を独占する海域(漁業専管水域)を示した李承晩ラインを設定し、侵入した日本の漁船を銃撃・拿捕だほし、乗組員を長期間にわたり抑留しました。
これらの宣言は公海自由の原則に反し、当時の国際法で認められたものではありませんでしたが、次第に各国が追従し、自国の沿岸にも水産資源を独占する漁業専管水域を設定していきました。
そして、1982年の国連海洋法条約では、海岸から200海里(370km)以内の海域に排他的経済水域(EEZ)が設定され、沿岸国が漁業を含む経済活動を独占する権利が認められるようになりました。
世界各地の好漁場で漁業を行うには沿岸国の許可が必要になり、入漁料の支払いや漁獲量の制限など外国のルールのもとで漁業を行う必要が出てきました。
この結果、1980年代以降に日本の遠洋漁業は急速に衰退していきました。

現在では、日本の遠洋漁業の生産量の9割がマグロ・カツオであり、遠洋マグロはえ縄漁、遠洋カツオ一本釣り漁によって漁獲されます。

参考

北洋漁業の蟹工船とプロレタリア文学

1929年に発表された小林多喜二の小説『蟹工船』の表紙(戦旗社)。蟹工船は北洋漁業に従事した工船であり、漁獲したカニ(蟹)を腐敗する前に缶詰に加工する設備を有した船である。当時の蟹工船の労働者が置かれた過酷な環境を描いたプロレタリア文学の代表作として知られている。出典:Wikimedia Commons, Public domain, 2026/11/7閲覧

遠洋漁業では遠隔地に赴くため、多額の費用をかけて大型船を建造し、大人数の乗組員を雇用して長期間にわたって操業することになります。
戦前の日本で盛んだった北洋漁業では、日魯にちろ漁業(マルハニチロを経て現Umios)や共同漁業(日本水産を経て現ニッスイ)などの財閥企業の下で行われました。

わざわざ遠隔地に赴く関係で、遠洋漁業は必然的に収益性が高いサケ(鮭)やカニ(蟹)などを漁獲対象としており、乗組員の給料も高額でした。
一方で労働環境は過酷であり、長期間にわたり狭い船内に拘束される上に、操業海域である千島沖やベーリング海は非常に荒れることで知られています。
さらに、当時の法規制の甘さから、長時間労働や監督者からの暴力、不十分な食事・防寒・衛生環境など、様々な問題がありました。
小林多喜二(1903-1933)が1929年に発表した小説『蟹工船』は、北洋漁業の蟹工船(漁獲したカニをその場で缶詰に加工する設備を有する船)で酷使される貧しい労働者を描いた作品です。
蟹工船は酷使される労働者を描いたプロレタリア文学の代表作であり、当時の北洋漁業の乗組員が置かれた過酷な環境が描かれています。

参考文献

ソドルジェストヴォ (船) ウィキペディア 2026/10/26閲覧
Рыбоконсервная плавучая база ロシア語版ウィキペディア 2026/10/26閲覧
工船 ウィキペディア 2026/10/26閲覧
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遠洋まぐろ延縄漁業 勝倉漁業株式会社 2026/11/5閲覧
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かつおの一本釣りとは?使用する餌・針が外れる仕組み・美味しい理由を解説 久礼大正町市場 山本鮮魚店 2026/11/5閲覧
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勝川 俊雄「戦後の日本漁業の歴史 その1 戦後しばらくの黄金時代」 Yahoo!ニュース 2026/10/18閲覧
勝川 俊雄「戦後の日本漁業の歴史 その2 沿岸国の漁場囲い込み」 Yahoo!ニュース 2026/10/18閲覧
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勝川 俊雄「戦後の漁業の歴史 その4 EEZ時代に適した漁獲規制」Yahoo!ニュース 2026/10/18閲覧
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日本水産百年史 デジタル版(PDF) 株式会社ニッスイ 2026/11/7閲覧
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