農業はその地域の気温や降水量・地形・土壌などの自然環境(自然条件)の影響を大きくうけます。
ある作物が栽培できる限界を栽培限界といい、これは自然環境によって決まります。
栽培限界に至らない地域であっても、地形や降水・土壌などの問題で、作物の栽培には工夫が必要な場合があります。
このページでは、はじめに栽培限界について紹介し、その後に自然環境を乗り越えて農業を行うための工夫について紹介します。
栽培限界
農作物は暑すぎたり、寒すぎたり、水が少なすぎると育てることができません。
作物の栽培に最も大きな影響を与える自然条件は「気温」と「水」です。
このため、これ以上気温が低い(高い)とある作物を栽培できなくなる限界を地図上に線を結んで表現した限界線を栽培限界といいます。
栽培限界は気温だけではなく、降水量や標高などで引くこともできます。
農業全体で見ると、年平均気温10℃(寒帯と他の境界)と年降水量500 mm(乾燥帯と他の境界)が栽培限界となります。
これは樹木気候と無樹木気候の境界と同じであり、樹木が生育できない乾燥帯や寒帯では農業を営むことも難しくなります。
傾斜地農業
多くの場合、農業は平地で行うことが理想ですが、地理的な制約により傾斜地で行う場合もあります。
しかし、傾斜地では雨水が地表を斜め下方向へ流れることで、表面の土壌を洗い流してしまいます。
そのため、傾斜地で農業を営むためには、表層土壌が流出しないように工夫する必要があります。
等高線耕作

等高線耕作が行われている農地(スペイン北東部・カタルーニャ州)。左に向かって低くなる傾斜地において、手前から奥に向かって同じ高さの場所に(等高線にそって)石が並び、溝が掘られている。このような畝(うね、土を直線状に盛り上げたもの)をつくることで、雨水が流れてきても溝にたまって地中へ浸透していくため、土壌流出を防ぐことができる。出典:Wikimedia Commons, Public domain, 2022/8/29閲覧
傾斜が比較的ゆるい場合は、等高線耕作が行われます。
上の写真は等高線耕作の例です(右から左に向かって低くなる傾斜地)。
手前から奥に向かって同じ高さの場所に(等高線にそって)石が並び、溝が掘られています。
そのため、右から流れてきた雨水が溝にたまり、地中へ浸透していきます。
このような畝(うね、土を直線状に盛り上げたもの)をつくることで、雨水が表面の土壌を洗い流して土壌流出がおきるのを防ぐことができます。
階段耕作

遊子水荷浦の段畑(ゆすみずがうらのだんばた、愛媛県宇和島市)。急傾斜地でジャガイモの階段耕作が行われている。出典:Wikimedia Commons, Public domain, 2022/11/15閲覧
傾斜が急な場合は等高線耕作を行うことができないため、傾斜地を階段状に切り開き、それぞれの面で農業を行います(階段耕作)。
階段状にすることで畑の面積は減りますが、土壌流出を防ぐ効果が大きくなります。
上の写真では、畑の平らな部分の端を石垣で補強して土壌流出を防いでいます。
畑の階段耕作の場合は段々畑といいます。
段々畑は平らな部分もゆるやかに傾斜していることが多く、日当たりと水はけがよいため、日本ではみかんなどの果樹栽培によく使われます。
一方、水田の階段耕作の場合は棚田といいます。
段々畑とは異なり、棚田は水をためるために1つ1つの階は平らになっています。
棚田は人口に対して耕地が少ない地域にみられ、華南(中国)、ルソン島(フィリピン)、ジャワ島(インドネシア)、日本の中国山地や中央高地に多くみられます。
農業における水の入手
農作物を育てるためには水を与える必要があります。
農業における水の与え方は、雨水が降るのに任せる天水農業と人工的に水を供給する灌漑(かんがい)があります。
天水農業

乾燥農業が行われている畑(スペイン南部・アンダルシア州グラナダ)。冬の降雨で土壌に蓄えられた水分を活用して乾燥する夏に農業を行っている。出典:Wikimedia Commons, ©Jebulon, CC BY-SA 3.0, 2022/11/7閲覧
最も原始的な農業では、作物への水やりは雨が降るのに任せていました(天水農業)。
天水農業では灌漑を行うよりも作物の収量が少なくなりますが、十分な水を外部から供給すること(灌漑)が難しい乾燥地域などでは、現在でも天水農業が行われています。
このような、乾燥地域(おおよそ年降水量500mm以下)で行われる天水農業を乾燥農業(乾燥農法、乾地農業)といいます。
乾燥農業では、限られた水を有効活用するために、耕作方法の工夫がなされています。
たとえば、あらかじめ畑を深く耕し、土を細かく砕いて表面積を広くして雨水を吸収しやすくしておきます。
雨が降った後はさらに浅く耕すことで表面の土の間に空気が入り込み、水が蒸発しにくくなります。
米国では、秋に畑を深く耕し、次の春に種をまく前に浅く耕すことで夏場の土壌水分の蒸発を減らします。
このような乾燥農業はグレートプレーンズ(米国)、パンパ(アルゼンチン)、オーストラリア、華北(中国)などで行われています。
灌漑農業

管により畑に給水する灌漑施設。出典:Wikimedia Commons, Public domain, 2022/8/30閲覧
外部の河川・地下水などから水を供給して作物へ与えることを灌漑(かんがい)といいます。
降水量が豊富な地域であっても、何もしないと雨水は短期間で流れ出て、作物に十分な水を与えることができなくなります。
また、降水量が少ない季節や干魃(かんばつ)発生時にも、雨水だけでは作物は枯れてしまいます。
そこで、農作物の収穫量の安定・増加のために、近くの河川や湖沼から導水したり、雨水をためる溜池(ためいけ)を作ったり、井戸から地下水をくみ上げて水を手に入れます。
たとえば、河川などから田畑へ向けて(農業)用水路とよばれる人工的な水路を作ることで作物に水を与えます。
このように灌漑で使用する水を灌漑用水といい、農業で使用する水であることから農業用水ともいいます。
雨水のみに頼ると収穫量を維持できず、灌漑により作物へ水を与えることではじめて成立する農業を灌漑農業といいます。
灌漑農業はアジアの稲作(水を引いて水田にする必要がある)や西アジア・地中海沿岸・アメリカなどの乾燥地域でみられます。
地下水路

カナートの出口(イラン北部・テヘラン)。暑く乾燥した地域では水の蒸発を防ぐため地下水路(カナート)により導水する。出典:Wikimedia Commons, ©Zereshk at English Wikipedia, CC BY-SA 3.0, 2022/8/30閲覧
気温が高く乾燥した地域では、地上に溝を掘って水を流すとあっという間に蒸発し、目的地まで運ぶことができる水量が少なくなります。
そのため、水の蒸発を防ぐために地下水路に水を流します。
地下水路の長さは、ものによっては数十kmにもおよびます。
最も古い地下水路は紀元前1,000年頃にイランでつくられ、周辺に広まりました。
地下水路には各地で固有の名前がつけられ、イランではカナート、アフガニスタンではカレーズ、北アフリカではフォガラ、中国ではカンアルチン(坎児井)とよばれています。

カナートの内部(イラン中央部・エスファハーン近郊)。暑く乾燥した地域では水の蒸発を防ぐため地下水路(カナート)により導水する。出典:Wikimedia Commons, ©NAEINSUN, CC BY-SA 3.0, 2022/9/3閲覧
水利権
水は限りある資源であるため、ある河川や湖沼の水を排他的・独占的に利用できる権利である水利権が設定されます。
水利権を設定して水の利用を制限することで、特定の人(特に新しく利用する人)が大量の水を使用することで、他の人(特に昔から使っている人)が農業などに使えなくなることを防ぐことができます。
土地改良事業
農業生産性を高めるために、灌漑設備の整備や土壌改良、分散した耕作地の集約などを行う事業を土地改良事業といいます。
灌漑設備は農業生産性に大きく影響するため、土地改良事業でも灌漑設備の整備が積極的に行われています。
参考文献
片平博文他 「新詳地理B」帝国書院(2020)
地理用語研究会編 「地理用語集第2版A・B共用」山川出版社(2019)
栽培限界とは コトバンク 世界大百科事典 第2版 2022/8/29閲覧
等高線栽培とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/8/29閲覧
テラス栽培とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/8/29閲覧
階段耕作とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/8/29閲覧
水荷浦の段畑とは 遊子水荷浦の段畑(段々畑)ガイド NPO法人 段畑を守ろう会 2022/11/15閲覧
農業 鳥取大学乾燥地研究センター 2022/8/30閲覧
乾地農業とは コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典、世界大百科事典内 2022/8/30閲覧
Dryland farming, Wikipedia 2022/11/7閲覧
【土と水を制する者は、農業を制する】⑤土壌水分に大きく関係する毛細管現象とは? 残る3.7%の職業へ。 2022/8/30閲覧
改めて知りたい、灌漑(かんがい)の意味とは?灌漑用水って何? マイナビ農業 2022/8/30閲覧
用水路 ウィキペディア 2022/8/30閲覧
Qanat Wikipedia 2022/8/30閲覧
水利権とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/8/30閲覧