分析・考察

「利用したい:7割」なのに「利用ゼロ:7割」~アンケート選択肢の結果への影響~

2023年4月12日

商品やサービスの需要を調べるための市場調査としてアンケートが行われますが、果たしてアンケート結果を鵜呑みにして良いのでしょうか。
今回は西九州新幹線の「開業前」と「開業後」の利用調査アンケートの結果を紹介した次の記事をもとに、アンケート結果の解釈の仕方について考えます。

西九州新幹線の利用アンケート

2022年9月23日に部分開業(武雄温泉ー長崎間)した西九州新幹線で運行されている新幹線かもめ号(新大村駅・長崎県大村市)。JR九州のN700S系8000番台6両編成で運行されている。出典:Wikimedia Commons, ©MaedaAkihiko, CC BY-SA 4.0, 2023/8/22閲覧

2022年9月23日に部分開業(武雄温泉ー長崎間)した西九州新幹線について、長崎県の地元紙が県民に利用アンケートを行った結果が記事に上がりました。

西九州新幹線「利用0回」が7割 長崎県民アンケート 開業から半年長崎新聞(2023/4/8) 2023/4/10閲覧
※全文は上記記事タイトルをクリック、ただしアンケート結果の図が小さいので見づらい場合は新聞社名をクリックして下さい。

西九州新幹線開業前に利用したいかを聞いたところ、「ぜひ利用したい」(17.4%)と「機会があれば利用したい」(59.2%)をあわせて7割以上が利用に前向きでした(n=381)。
この結果だけを見ると、利用したい人が7割以上もいるように思えます。
しかし、開業半年後に実際の利用回数を聞いたところ、「0回」(69.6%)がほぼ7割を占めました(n=414)。

開業前のアンケートでは確かに居たはずの「利用したい7割」はどこへいったのでしょうか?

今回はこの記事のアンケート結果を例に市場調査のアンケートの選択肢と結果の解釈について考えていきます。

選択式アンケートによる市場調査

リッカート尺度による選択式アンケート。リッカート尺度では、文章に対して同意できるか否かを数段階の選択肢の中から一つ選ぶ。出典:Wikimedia Commons, ©Nicholas Smith, CC BY-SA 3.0, 2023/4/11閲覧

企業が商品やサービスの市場調査のためにアンケートを実施するのはよくあることです。
アンケート結果を分析して、価格設定や商品改良などに活かします。
場合によっては商品の投入自体を取りやめることもあるでしょう。

事前調査を元に潜在顧客(この場合は長崎県民)の7割が利用するという結論をまとめたにも関わらず、実際に発売後(この場合は開業後半年間)に潜在顧客の7割が利用ゼロでは困ってしまいます。
もちろん、アンケートで利用すると回答するした人全員が実際に利用するとは限りません。
利用しない人は必ず出てきます。
しかし、アンケートから得られた見込みと実績の乖離が大きくなりすぎると、アンケートをとる意味がなくなってしまいます。
そこで、どうして事前調査と実績のアンケート結果がここまで結果が変わってしまうのかについて考えていきます。

アンケートの選択肢

まずは、アンケートの選択肢について考えていきます。
アンケートの各選択肢を選んだ割合は集計したら出てきますが、その割合をどのように解釈すればよいのでしょうか。
最初にアンケートの選択肢の一般的な特性について確認し、次に今回のアンケートの選択肢と解釈について見ていきます。

選択肢の項目とその特性

今回のような選択式のアンケートでは、次のように数段階の選択肢の中から1つ選びます(段階評定法)。
・そう思う
・ややそう思う
・どちらともいえない
・あまりそう思わない
・そう思わない

この場合、ポジティブ側(そう思う/ややそう思う)とネガティブ側(あまりそう思わない/そう思わない)の選択肢の数を同数にします。
選択肢の数を偏らせると、アンケート結果が誘導されてしまいます。

また、3段階や5段階のように奇数個の選択肢を用意する場合は、「どちらともいえない」のように中立的選択肢を用意します。
中立的選択肢を用意すると、その選択肢に回答が偏りやすいので、あえて中立的選択肢を用意しないことがあります。
しかし、その場合でも中間的な選択肢(ややそう思う/あまりそう思わない)に回答が偏りやすく、極端な選択肢(そう思う/そう思わない)は選ばれづらい傾向にあります。
特に日本人は諸外国と比べても中間的な選択肢を選ぶ傾向にあると言われています。

また、中立的を用意しない場合、選択肢が等間隔にならないという問題があります。
ある設問に対して、「そう思う」と「ややそう思う」の間の差に比べて、「ややそう思う」と「あまりそう思わない」の間の差は大きくなります。
尺度が等間隔とみなせないと、点数化して間隔尺度(量的変数)に直すことができず、分析方法の幅が狭まります。

この例にはありませんが、「わからない」を選択肢に加えることがあります。
しかし、「わからない」という選択肢を設けてもあまり選ばれない傾向があり、中間的な選択肢が選ばれやすい傾向があります。
また、「わからない」を選ぶ層は、その選択肢がない場合は「どちらでもない」のような中立的選択肢を選ぶ傾向があります。
そのため、「わからない」人が「どちらでもない」を選ばないように、あえて「わからない」を選択肢に加えることで回答者の意図を把握することができます。

「開業前」アンケートの選択肢

以上をふまえて、「開業前」の利用意向調査の選択肢について見ていきます。
選択肢は次の4つです。
・ぜひ利用したい
・機会があれば利用したい
・利用したいとは思わない
・わからない

「わからない」を除くと3段階の選択肢の中から1つを選ぶ形式になっています。

選択肢が奇数個であり、中間の選択肢が「機会があれば利用したい」となっています。
この選択肢の表現は「ぜひ利用したい」と同じポジティブ側の選択肢です。
このため、ポジティブ側選択肢2個に対し、ネガティブ側選択肢1個とアンバランスな構成になっています。
中間の選択肢がポジティブ側に偏っているため、ポジティブ側でもネガティブ側でもない中立的選択肢が存在しません。

この結果、中立的選択肢「どちらでもない」を選びたい層が選択肢の中で中間的な「機会があれば利用したい」を選んだと考えられます。
加えて、段階評定法のアンケート自体に中間的な選択肢に回答が偏りやす傾向があるため、約6割が「機会があれば利用したい」を選ぶ結果になったと考えられます。

「機会があれば利用したい」の解釈

次に、「機会があれば利用したい」を選んだ層について、どう解釈すべきかについて考えます。

記事では「ぜひ利用したい」と「機会があれば利用したい」を合わせて7割以上が「利用に前向き」と書いています。
記事を読んだ人はこの表現を見て「利用したい人」が7割以上いると捉えるでしょう。
字面だけをみると、「機会があれば利用したい」もポジティブ側の選択肢にあたるので、論理的には正しそうです。
しかし、この解釈では開業後のアンケートの利用実績0回が7割もいることと整合しません。

ここで、アンケートの選択肢の特性を考慮すると、中間的な選択肢である「機会があれば利用したい」が本来「どちらでもない」を選ぶ層の受け皿になっていると考えられます。
そこで、機会があれば利用したいを中立的選択肢であると見なして考えてみます。
「ぜひ利用したい」と「利用したいと思わない」の回答割合はそれぞれ、17.4%と18.6%です。
これを合計が100%になるように直すと、
ぜひ利用したい:利用したいと思わない=48%:52%
となります。

実際の開業後の利用ゼロ回の人の割合は69.6%なので、だいぶ近づきました。
しかし、52%と69.6%なのでまだ18%ほど差があります。
残りの差は、「機会があれば利用したい」を選んだ人の中で実際に利用した人よりも利用しなかった人の方が多かったと考えられます。
この点からも、「機会があれば利用したい」を字面通りにポジティブ側と捉えると解釈を誤ってしまいます。

以上をふまえて、今回の開業前アンケートと一般的な5段階のアンケートの選択肢の対応を考えると、次のような対応になります。
・ぜひ利用したい:利用したい
・機会があれば利用したい:やや利用したい+どちらでもない
・利用したいとは思わない:あまり利用したくない+利用したくない

「機会があれば利用したい」が中立的選択肢とポジティブ側の選択肢を内包してしまっているため割合が高くなりました。
さらに、その選択肢をポジティブ側に解釈してしまったため、ポジティブ側の選択肢を高く解釈してしまったと考えられます。

事前調査と実績の乖離を小さくするには

以上をふまえて、事前調査と実績の乖離を小さくするためにはどうすればよかったのかについて考えていきます。

アンケートを実施したあとに結果の解釈を工夫するだけで何とかするのは難しそうです。
そもそも単純に結果だけを見ると、開業前のアンケートは利用したい人が7割以上いるように見えます。
アンケートの選択肢の特性を知らない人にとっては、直感に反して複雑な解釈をする理由がわかりづらいです。
分析結果を誰かに伝えて意思決定に活用するという観点からも、アンケート結果の直感的な印象と解釈が相反するのは好ましくありません。

そのため、アンケートの選択肢の設計に立ち戻って見直す必要があります。
アンケートの選択肢を作る際に、次のような点を気をつけると問題を回避できたと考えられます。
①ポジティブ側とネガティブ側の選択肢を同数にする
②中立的選択肢は「どちらでもない」のように中立的な文言にする

具体的な選択肢例をあげます。
・利用したい
・やや利用したい
・どちらでもない
・あまり利用したくない
・利用したくない

「わからない」は選択した割合も少なく、大勢には影響しないでしょう。
このままだと「どちらでもない」を選ぶ割合が高くなり、結果から何か新しいことを言うのが難しくなるという可能性があるため、その場合は中立的選択肢「どちらでもない」を外すという選択肢があります。
その場合でも、「どちらでもない」を選びたかった層は「やや利用したい」と「あまり利用したくない」に分かれるため片方向への偏りが緩和されると思われます。

以上のように、選択肢次第でアンケート結果が誘導されたり解釈が難しくなることがあるため、アンケート調査の際にはあらかじめ選択肢の設計をよく検討しておくことが重要です。

参考文献

西九州新幹線「利用0回」が7割 長崎県民アンケート 開業から半年長崎新聞(2023/4/8) 2023/4/10閲覧
調査票の作り方 国立教育政策研究所  2023/4/10閲覧
リッカート尺度 ウィキペディア 2023/4/10閲覧
Likert scale, Wikipedia 2023/4/10閲覧
アンケートにおける質問の段階数の選び方 株式会社Quest 2023/4/11閲覧
増田 真也、坂上 貴之「調査の回答における中間選択Jpn. Psychol. Res., 57(4) 472-494 (2014)

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