系統地理 農業

ホイットルセーの農業地域区分(自給的・商業的・企業的農業)

農業の形態はその土地の気候や地理的要因に大きな影響をうけます。
このページでは、地域ごとに営まれる農業の形態の違いを分類したホイットルセーの農業地域区分についてみていきます。

※人名の表記ゆれの関係で文献によっては「ホイットルセの農業地域区分」と記載されることがあります。

【ホイットルセーの農業地域区分・自給的農業商業的農業企業的農業

ホイットルセーの農業地域区分

農業の形態はその土地の地理的条件に大きく依存します。
作物の生育環境は気候の影響を大きくうけます。
さらに、栽培した作物を出荷・販売する際には、その土地の立地条件が重要になります。
このため、世界各地ではその土地の気候や立地条件に応じた形態の農業が発展してきました。

1936年にホイットルセー(ホイットルセイ、Derwent Stainthorpe Whittlesey)は世界各地の多様な農業を13の地域区分に分類しました。
ホイットルセーの農業地域区分では農作物の種類や経営規模・土地の利用方法の違いなどに基づいて分類されています。

メモ

ホイットルセーの農業地域区分の分類観点
1.栽培する作物や家畜とその組み合わせ(稲作中心か、畑作中心か、混合農業のように作物栽培と家畜を組み合わせるのか)
2.農作業の方法(焼畑農業なのか、化学肥料を散布するのか等)
3.東アジアの稲作のように多くの労働力を使うのか(労働集約的)、あるいはアメリカの農業のようにお金をかけて機械化・効率化するのか(資本集約的)
4.栽培した作物は自家消費するのか(自給的農業)、販売してお金に変える前提で栽培するのか(商業的企業的農業
5.家畜を飼育する際は畜舎に家畜を収容して飼育するのか(遊牧は畜舎を使わないが、酪農は畜舎を使用する)

ホイットルセーの農業地域区分図。出典を加工して作成。出典:Wikimedia Commons, ©Miyuki Meinaka, CC BY-SA 3.0, 2022/10/1閲覧

上の図はホイットルセーの農業地域区分図です。
非農業地域を除く13の分類は、地理的分布や歴史的な観点から大きく3種類(自給的農業、商業的農業、企業的農業)に分けられます。

自給的農業は主に自家消費目的で作物を栽培する農業形態です。
アジア~アフリカなどで広くみられる原始的な農業形態です。

商業的農業は主に販売目的で作物を栽培する農業形態です。
ヨーロッパで発展した農業形態であり、地域ごとの気候の特性に合わせて複数の作物や牧畜を組み合わせて連作障害を回避する工夫がなされています。

同じ販売目的であっても、その土地の気候に合った単一の作物の大量生産を行う大規模化・機械化した農業形態企業的農業といいます。
企業的農業は新大陸(南北アメリカ大陸やオーストラリア大陸)などで見られます。
消費地までの輸送手段が必要不可欠であるため、近代以降の世界的な物流の発展に伴い成立した新しい農業形態です。

表 自給的・商業的・企業的農業と農業地域区分の分類の対応

大区分 農業地域区分
自給的農業 遊牧
焼畑農業
粗放的定住農業
集約的稲作農業
集約的畑作農業
商業的農業 自給的混合農業
商業的混合農業
酪農
地中海式農業
園芸農業
企業的農業 企業的穀物・畑作農業
企業的牧畜
プランテーション農業

参考

自給的・商業的・企業的農業の違い

自給的・商業的・企業的農業はホイットルセーの13種類の農業地域区分を地理的分布や歴史的な観点から3つに分類したものです。

自給的農業:主に自家消費目的での作物栽培、アジア~アフリカに分布、原始的な農業形態
商業的農業:主に販売目的で作物栽培、ヨーロッパに分布、商業の発達に伴い発展
企業的農業:主に販売目的で作物栽培、大規模化・効率化の上単一の作物を大量栽培、アメリカ大陸やオーストラリアに分布、物流手段の発展に伴い発展

これら3分類はホイットルセーの論文には無い分類であり、13の農業地域区分をあとから3つにグループ分けしたためグループ名がまぎらわしい場合があります。

【まぎらわしい点1】自給的農業の地域でも販売目的の栽培
自給的農業は、ヨーロッパで発展した商業的農業や新大陸で発展した企業的農業と対比した伝統的な農業形態のグループです。
あくまで商業や物流手段が発展する前の原始時代~それに近い時代から行われていることが特徴です。

現代の日本の米農家は化学肥料やトラクターを使って販売目的で米を栽培し、それを換金して生活しています。
しかし、歴史をたどれば日本は弥生時代から稲作を行い、多くの人手をかけるかわりに面積あたりの収穫量が多い農業形態でした。
これは現代においても生産性が低く自給的側面が強いアジアの発展途上国の稲作地域と同じ農業形態であり、一方で商業的農業や企業的農業とは明らかに異なります。
このような地理的・歴史的背景から日本の農業は集約的稲作農業に分類され、自給的農業に該当します。

ホイットルセーの論文自体が100年近く前のものであり、「現代の農業」を見るには合致していない部分もあります。
現代においては科学技術や物流の発展により生産性が向上して分業が進み、農業も商業的側面が強くなっているため伝統的な農業形態から変化しています。

【まぎらわしい点2】商業的農業の中に「自給的」混合農業が分類

自給的混合農業は自家消費中心ですが、販売目的の商業的混合農業に近い農業形態なので同じ商業的農業に分類されています。
自給的/商業的/企業的農業という分類は13の農業地域分類を農業形態が近いものでグループ分けしたものです。
自給的混合農業は他の自給的農業よりも同じ混合農業を行う商業的混合農業に近いことを重視して同じグループに分類されます。

【まぎらわしい点3】商業的農業と企業的農業の違い
企業的農業がアメリカ大陸やオーストラリアなどの新大陸で行われている大規模で機械化された農業形態であるのに対し、商業的農業農業は「ヨーロッパで発展した」多くの人手をかけるかわりに単位面積あたりの収穫量が多い農業形態であるという違いがあります。

新大陸では人口が少なく土地は広いので、大規模な農地にその土地の気候に合わせた単一の作物を栽培することで面積あたりの収穫量が多少下がってでも合理化を進めて人手をかけない農業形態が発展しました。

一方でヨーロッパでは人口密度が高く歴史も長いため、耕作に適した土地は既に誰かに所有されています。
そのため耕作面積の大規模は難しく、人手をかけてでも目の前の土地を有効活用するための工夫が行われました。
その結果、面積あたりの収穫量が高い農業形態になりました。

自給的農業

斜面のタロイモ畑で営まれる自給的農業(カメルーン南西部)。アフリカの農村部の大部分では、自家消費目的で作物を栽培する自給的農業が営まれている。出典:Wikimedia Commons, ©Amcaja, CC BY-SA 3.0, 2022/11/7閲覧

主に自家消費目的で作物を栽培する農業の形態を自給的農業といいます。
原始的な農業はすべて自給的農業であり、アジア~アフリカなどで広くみられる農業です。
自給的農業はヨーロッパで発展した商業的農業と対比した概念であり、現在アジアなどでみられる集約的農業においても販売を主目的とした作物栽培は行われています。

自給的農業には次のような農業地域区分があります。
遊牧
焼畑農業
粗放的定住農業
集約的稲作農業
集約的畑作農業

参考自給的農業(遊牧・焼畑農業・粗放的定住農業・集約的稲作/畑作農業)

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商業的農業

花卉(かき、観賞用のお花)の競売を行う組合であるRoyal FloraHollandの倉庫(オランダ)。オランダでは花卉などの付加価値の高い作物を栽培する園芸農業が盛んである。出典:Wikimedia Commons, CC0, 2022/11/7閲覧

商業的農業ヨーロッパで発展した農業の形態で、主に販売目的で作物を栽培する農業です。
ヨーロッパでは連作による地中の栄養分の枯渇を防ぐために、複数の作物を順番に栽培する輪作や休閑(きゅうかん、耕作地を休ませること)などの工夫が行われてきました。
このような農業形態は自給的側面が強いものから商業的側面が強いものまで幅広く存在しますが、販売を主目的とした形態がヨーロッパで特に発展したことから商業的農業といいます。

商業的農業には次のような農業地域区分があります。
自給的混合農業
商業的混合農業
酪農
地中海式農業
園芸農業

参考商業的農業(自給的/商業的混合農業・酪農・地中海式農業・園芸農業)

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企業的農業

小麦畑への農業機による農薬散布(米国北西部・ワシントン州南東部のパルース地域)。アメリカでは広大な農地を機械化により少人数で耕作する企業的畑作農業が行われている。出典:Wikimedia Commons, ©Carolyn Parsons, CC BY-SA 4.0, 2022/11/7閲覧

商業的農業をさらに大規模化・機械化し、販売目的で単一の作物の大量生産を行うような農業の形態企業的農業といいます。
企業的農業は人口密度が希薄な地域にヨーロッパ諸国から大規模な移民が行われた南北アメリカ大陸やオーストラリア大陸などで見られます。
企業的農業では、広大な農地に対して飛行機で農薬散布を行うなどの機械化を行うことで単一の作物を大規模に栽培します。

企業的農業には次のような農業地域区分があります。
企業的穀物・畑作農業
企業的牧畜
プランテーション農業

参考企業的農業(企業的穀物/畑作農業・企業的牧畜・プランテーション)

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参考混合農業(二圃式/三圃式農業から自給的/商業的混合農業への発展)

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参考園芸農業(施設園芸・近郊農業・遠郊農業・促成栽培・抑制栽培)

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参考文献

片平博文他「新詳地理B」帝国書院(2020)
ダウエント・ホイットルセー ウィキペディア 2022/10/1閲覧
Derwent Whittlesey, Major Agricultural Regions of the Earth, Ann. Assoc. Am. Geogr. 26 199-240 (1936)
地理用語研究会編「地理用語集第2版A・B共用」山川出版社(2019)
商業的農業とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ)、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 2022/10/1閲覧
高柳長直「企業的農業の謎―地理用語の再考に向けて―」経済地理学年報 64 238-242 (2018)
園芸農業 ウィキペディア 2022/10/2閲覧

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