主に自家消費目的で作物を栽培する農業の形態を自給的農業といいます。
ここでは、ホイットルセーの農業地域区分の中でも、自給的農業に分類される5つの形態(遊牧・焼畑農業・粗放的定住農業・集約的稲作/畑作農業)ついて解説します。
自給的農業
自給的農業は、栽培した作物を自家消費する前提で行う農業です。
他の農業地域区分と比較して自給自足に近い形態の農業ですが、必ずしもすべての農作物を自家消費するわけではありません。
あくまで、ヨーロッパ・アメリカで発展した効率的に栽培・販売できそうな作物を選んで販売目的で栽培する商業的・企業的農業との対比としての「自給的」農業です。
自給的農業の特徴として、原始的な農業形態に近いというものがあります。
商業的農業や企業的農業は商業や物流手段の発展に伴い成立した農業形態であるのに対し、自給的農業は人類が農業をはじめた初期~それに近い時代から行われてきました。
原始的・自給的な農業形態なので、耕作地では穀物など主食となる作物が栽培されます。
自給的農業の農業地域区分

ホイットルセーの農業地域区分図。出典を加工して作成。出典:Wikimedia Commons, ©Miyuki Meinaka, CC BY-SA 3.0, 2022/10/1閲覧
自給的農業には次のような農業地域区分があります。
・遊牧
・焼畑農業
・粗放的定住農業
・集約的稲作農業
・集約的畑作農業
ここからは、それぞれの農業について順番に見ていきます。
遊牧

遊牧の風景(モンゴル北部フブスグル県)。出典:Wikimedia Commons, ©Arabsalam, CC BY-SA 4.0, 2022/10/10閲覧
遊牧は、家畜を伴って移動しながら生活する原始的な放牧・生活形態です。
地球上には農業をするには乾燥しすぎているが、砂漠ほど乾燥していない場所が広く存在します。
そのような場所では、家畜を飼育してその乳や肉、毛皮などを使って生活する牧畜が行われています。
牧畜の中でも、同じ場所に定住せずに季節や天候、牧草の量などに応じて家畜を引き連れて移動する場合を遊牧といいます。
遊牧をしながら生活している人々/民族を遊牧民といい、農業を営むのが難しい乾燥帯(B)、亜寒帯(冷帯、D)などの地域でみられます。
中央アジア~北アフリカの乾燥地域では主に羊やヤギが飼育され、北極圏の亜寒帯(冷帯)地域では主にトナカイが家畜として飼育されます。
遊牧民は移動生活のために、テント型の組み立て式移動住居に住んでいます。
スカンジナビア半島北部に住むサーミ人はトナカイを家畜とする遊牧民ですが、移動住居のテントの天幕にもトナカイの皮を利用するなど、家畜をまんべんなく活用した生活形態になっています。

トナカイの遊牧を行うサーミ人と移動式住居コタ。テントの天幕にもトナカイの皮が活用されている。出典:Wikimedia Commons, Public domain, 2022/10/10閲覧
ポイント
牧畜・遊牧・放牧・移牧の違い
・牧畜:乳・肉・毛・皮などを得る目的で家畜を飼育すること。遊牧や放牧、舎飼い、移牧などすべてを含む概念。
・遊牧:水や草を求めて人間が家畜を伴って移動生活する牧畜の形態。定住地をもたないのが特徴。
・放牧:家畜を畜舎ではなく牧草地に放し飼いにして飼育する方法。遊牧と対立する概念としてこの用語を使用する場合、あくまで定住して同じ(あるいは隣接した)場所で放し飼いにすることを指す。
・移牧:季節に応じて低地と山の草地を行き来して放牧する牧畜の形態。半農半牧で農地をもつため定住地があり、夏は低地の高温乾燥を避けて雪解け水がある山地の草地に行き、冬は積雪や低温を避けて低地に滞在する。ヨーロッパの地中海沿岸で典型(地中海式農業)。
焼畑農業

ボリビアの低地サンタ・クルスの焼畑農業の耕作地。樹木を伐採して倒した樹木や草に燃やしてその灰を肥料として作物を栽培している。農地に残った切株は炭化して黒ずんでいる。出典:Wikimedia Commons, ©CIAT, CC BY-SA 2.0, 2022/10/11閲覧
焼畑農業は、森林や原野の樹木や草木を刈り払い、切り倒した樹木や草を燃やして灰にして、その灰を肥料として作物を育てる原始的・粗放的な農業の形態です。
数年ごとに畑を変え、その際に人間の住む場所も移動するため移動農業ともよばれます(焼畑をしない形態の移動農業もあります)。
ホイットルセーの農業地域区分では、畑を変える際に人間の住む場所を変えない場合を粗放的定住農業とよんで区別します。
ラトソルが広がり土壌がやせて栄養分が少ない東南アジア~インドやアフリカ、南米の赤道付近の熱帯地域で広くみられます。
焼畑農業では、灰以外に肥料を追加しません。
そのため、同じ場所で長期間作物を栽培できず、数年で畑を放棄して別の場所を燃やすことを繰り返します。
放棄する前提の畑をあまり手入れをせずに使うので、雑草や害虫も発生しやすく、これも数年で畑を放棄する原因です。
このように焼畑農業は粗放的な農業形態であり、土地生産性(耕作面積あたりの生産量)は低くなります。
焼畑農業で栽培される作物の例として、アワ・ヒエなどの穀物やキャッサバ、ヤムイモなど主食となるイモ類があります。
なお、放棄された耕作地は自然にまかせて数年から数十年かけて再生します。
人口密度が低いうちは自然が森を再生するスピードが人間が森林を焼くスピードを上回りますが、人口密度が増えてくると森林の再生が追いつかず、森林破壊が進んでしまうという問題点があります。
粗放的定住農業
粗放的定住農業は、焼畑農業同様に耕作地は数年ごとに変えるが、人間は同じ場所に定住する農業形態です。
焼畑農業同様に森林を燃やした灰を肥料としますが、人間は同じ場所に定住し、その周辺で畑を変えることが違いです。
周辺の土壌などの環境が良い場合、あるいは小さな離島で住む場所を変える意味がない場合に、定住してのその近場で畑だけを変える形態をとります。
焼畑農業同様、粗放的で土地生産性の低い農業形態になります。
栽培する作物も焼畑農業と同様ですが、比較的土壌が肥沃(ひよく、栄養分が多い)な地域ではココヤシ、カカオなども栽培します。
参考
焼畑農業(移動農業)と粗放的定住農業の違い
焼畑農業と粗放的定住農業をあえて区別する場合、両者の違いは畑を変えた際に人間の住む場所を変えるかどうかです。
粗放的定住農業では、人間が定住して畑のみを変える農業形態で、焼畑により得られた灰を肥料にします。
一方、焼畑農業では畑を変える際に人間の住む場所も移動するため定住しません(定住する形態も焼畑農業に含む場合もありますが、ここでは粗放的定住農業に含みます)。
ホイットルセーの農業地域区分の論文では、「焼畑農業(Slash-and-burn agriculture)」の分類を「移動農業(Shifting cultivation)」と表現しています。
つまり、同じ焼畑農業であっても畑に合わせて移住するか定住するかによって区別しています。
この定住するかどうかという比較軸は、酪農などの定住する牧畜と草を求めて住む場所も変える遊牧の分類にも共通します。
集約的稲作農業

カンボジアの田植え。東~東南~南アジアでは労働集約的な稲作が行われている(集約的稲作農業)。 出典:Wikimedia Commons, ©Brad Collis, CC BY 2.0, 2022/10/11閲覧
集約的稲作農業は、水稲栽培(水田での稲作)を中心とした労働集約的な農業形態です。
季節風の影響をうけるモンスーンアジア(東~東南~南アジア)でみられるため、アジア式稲作農業ともよばれます。
集約的稲作農業はモンスーンアジアの中でも温暖で降水量が多い(年降水量1,000mm以上)地域でみられ、より冷涼・乾燥した地域では集約的「畑作」農業が営まれます。
集約的稲作農業の中心である水稲栽培は、灌漑(かんがい)により水を農地に引くことができる沖積平野(三角州や氾濫原)や海岸平野などで行われます。
特に温暖な地域では年2回栽培することができます(二期作)。
集約的稲作農業は、経営規模が小さく、自給的な傾向が強い農業形態です。
多くの人手をかけて作物を栽培するため、労働生産性は低くなります。
東アジアでは灌漑設備が整い、技術も高く土地生産性が高いですが、南アジアや東南アジアでは灌漑や技術が遅れているため土地生産性もやや低くなります。
水稲栽培は水を通して外部から栄養を供給するため連作障害もおきにくく、毎年同じ場所で耕作することができます。
さらに、米は同じ面積で収穫できる熱量(カロリー)が小麦など他の穀物よりも多いため、同じ面積の耕作地で小麦よりも多くの人数を養うことができます。
そのため、モンスーンアジアの稲作地帯は世界でも人口密度が高い地域になっています。
水源が周囲に無いため水を農地に引くことができない場所では、米以外の穀物や綿花、菜種(油をとる目的)などが栽培されます。
傾斜地では、クワや茶、香辛料(コショウやトウガラシ)などの日当たりと水はけがよい場所を好む低木が栽培されます。
集約的畑作農業

中国の小麦の収穫風景。東アジアでは伝統的に労働集約的な畑作農業が行われている。出典:Wikimedia Commons, ©Steve Evans from Bangalore, India, CC BY 2.0, 2022/10/19閲覧
集約的畑作農業は、畑作中心の労働集約的な農業形態です。
アジアの冷涼・乾燥した地域でみられることからアジア式畑作農業ともよばれます。
気候が寒冷または乾燥しているため水稲栽培ができない地域でみられ、その分布は集約的「稲作」農業と隣接しています。
中国の華北や東北などの寒冷地域、インドのデカン高原、パンジャーブ地方(北西部)の乾燥地域などアジアで広くみられますが、アジア以外にも分布しています(エジプトのナイル川沿岸など)。
集約的「稲作」農業と同様に、経営規模が小さく、自給的な傾向が強い農業形態です。
多くの人手をかけて作物を栽培するため、労働生産性は低くなります。
水稲栽培ができない地域なので、乾燥に強い作物が栽培されます。
栽培作物としては、小麦などの穀物、トウモロコシ、綿花、大豆などがあります。
小麦などの穀物は米と比べると同じ面積で収穫できる熱量(カロリー)が少なく連作障害もあるため、隣接する稲作地域よりは人口密度が低い傾向があります。
参考文献
片平博文他「新詳地理B」帝国書院(2020)
ダウエント・ホイットルセー ウィキペディア 2022/10/1閲覧
Derwent Whittlesey, Major Agricultural Regions of the Earth, Ann. Assoc. Am. Geogr. 26 199-240 (1936)
地理用語研究会編「地理用語集第2版A・B共用」山川出版社(2019)
Subsistence agriculture Wikipedia 2022/10/11閲覧
牧畜 ウィキペディア 2022/10/10閲覧
牧畜とは コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 2022/10/11閲覧
遊牧とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/10/10閲覧
放牧とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/10/10閲覧
移牧とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ)、百科事典マイペディア 2022/10/11閲覧
焼畑とは コトバンク 百科事典マイペディア 2022/10/11閲覧
焼畑農業 環境用語集 一般財団法人環境イノベーション情報機構 2022/10/11閲覧
Slash-and-burn Wikipedia 2022/10/11閲覧
焼畑農業 ウィキペディア 2022/10/11閲覧
移動農業 環境用語集 一般財団法人環境イノベーション情報機構 2022/10/11閲覧
Shifting cultivation Wikipedia 2022/10/11閲覧
アジア式農業とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/10/21閲覧
下田吉人「主食としての米食」生活衛生 11(1) 1-4 (1967)