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商業的農業(自給的/商業的混合農業・酪農・地中海式農業・園芸農業)

ヨーロッパで発展した主に販売目的で作物を栽培する農業の形態を商業的農業といいます。
ここでは、ホイットルセーの農業地域区分の中でも、商業的農業に分類される5つの形態(自給的/商業的混合農業、酪農、地中海式農業、園芸農業)ついて解説します。

商業的農業

商業的農業は、ヨーロッパで発展した主に販売目的で作物の栽培を行う農業形態です。
自給的農業が人間が農業をはじめた頃やそれに近い時代から行われてきた原始的な農業形態であるのに対し、ヨーロッパでの商業の発達にともなって発展した農業形態です。
自給的側面が強いものから商業的側面が強いものまで幅広く存在しますが、販売を主目的とした形態がヨーロッパで特に発展したことから商業的農業といいます。
ヨーロッパ中緯度地域やアメリカ北東部などに分布しています。

同じく販売目的で作物栽培を行う企業的農業との違いは、企業的農業がアメリカ大陸やオーストラリアなどの新大陸で行われている大規模で機械化された土地生産性が低く労働生産性が高い農業形態であるのに対し、商業的農業農業は「ヨーロッパで発展した」多くの人手をかけるかわり土地生産性が高い農業形態であるということです。

商業的農業の農業地域区分

ホイットルセーの農業地域区分図。出典を加工して作成。出典:Wikimedia Commons, ©Miyuki Meinaka, CC BY-SA 3.0, 2022/10/1閲覧

商業的農業には次のような農業地域区分があります。
自給的混合農業
商業的混合農業
酪農
地中海式農業
園芸農業

ここからは、この5つの農業形態を順番に説明します。

自給的混合農業農業と商業的混合農業

混合農業を行う農場(イングランド南部)。中央の柵より左側では作物栽培、右側では牛や羊の放牧が行われている。出典:Wikimedia Commons, ©Graham Horn, CC BY-SA 2.0, 2022/10/31閲覧

混合農業は、輪作で栽培した家畜用の飼料作物を使って家畜を育てる農業形態です。
ヨーロッパで発展した農業形態で、今日ではアジアを除く中緯度地域にみられます。
混合農業の中でも栽培目的が自家消費目的の農業形態を自給的混合農業といい、販売目的の農業形態を商業的混合農業とよびます。

混合農業では作物栽培と家畜の飼育の両方を行います。
商品としての付加価値(販売価格)は作物よりも家畜の方が高いため、商業的混合農業では家畜を育てることに力を入れ、それに伴い栽培する作物も人間用よりも家畜用の飼料作物を重視して栽培します。
一方、自家消費目的の自給的混合農業では、人間が食べる小麦などの作物の栽培が重視されます。

分布する地域にも違いがあります。
自給的混合農業はロシアなどの東ヨーロッパやトルコ内陸部、メキシコ高原に分布します。
それに対し、商業的混合農業は西ヨーロッパやアメリカなどの先進国を中心に分布します。

商業的混合農業は、作物や家畜を売って手に入れたお金で化学肥料や農業機械などを購入し、それらを活用する合理化によって生産量を増やすことができます。
それに対して自給的混合農業では、自家消費中心のため収入が少なく、そのため化学肥料や機械などに使える金額が少なくなり、その結果生産量は伸び悩みます。

混合農業は家畜と飼料作物の結びつきが強い農業形態です。
たとえば、ブタの飼育が盛んな地域は、ドイツではジャガイモの栽培地域に重なり、アメリカではトウモロコシの栽培地域と重複します。
これらの地域では混合農業が広く行われ、牧畜と飼料作物の栽培が密接に結びついています。

最後に栽培される作物についてまとめます。
特に商業的混合農業ではニーズがあれば様々な作物や家畜を育てますが、ここでは主なものをまとめます。
栽培作物の種類や栽培目的(人間用か家畜用か)は次のとおりです。

栽培条件 人間用の主食用作物 人間/家畜兼用の作物 家畜用飼料作物 家畜
栽培条件良好な土地 小麦 トウモロコシ エンバク 牛、豚
条件の悪い土地(寒冷、湿地、やせた土地) ライ麦、ジャガイモ 大麦 カブ、その他根菜類

酪農

酪農における乳牛の放牧風景(米メリーランド州)。放牧地の遠景にサイロと牛舎が映る。出典:Wikimedia Commons, Public domain, 2022/10/31閲覧

酪農(らくのう)は、乳牛を育てて乳をしぼり、牛乳などの乳製品を生産する農業形態です。
酪農の「酪」の字は乳製品を意味します。
遊牧が自家消費目的で家畜を飼育するのと対照的に、酪農は乳製品を販売する目的で乳牛を飼育します。

酪農は雨が降るが夏でも気温が低くて農業に向かない場所で行われます。
具体的な地域としては、西ヨーロッパの北海沿岸、アメリカの五大湖周辺、オーストラリア東岸、ニュージーランドなどです。

牛乳は腐りやすいので酪農を行う場所は消費地である大都市に近い場所に分布しています。
消費地となる大都市に近い場所では生乳やクリームが生産され、遠隔地では保存のためにバターやチーズに加工されます。

地中海式農業

アンダルシア州のプランテーション(スペイン)。夏季の高温・乾燥に耐えられるオリーブの木が並ぶ果樹園が広がる。 出典:Wikimedia Commons, ©Mick Stephenson mixpix 10:38, 15 March 2007 (UTC), CC BY-SA 3.0, 2022/10/31閲覧

地中海式農業は、夏に乾燥して冬に雨が降る地中海性気候(Cs)の地域でみられる農業形態です。
気候区の分布と農業形態の分布がよく一致し、地域としてはヨーロッパの地中海沿岸~トルコ、米カリフォルニア州、チリ南部などでみられます。

高温で乾燥する夏に乾燥に強い果樹を栽培し、冬に小麦などの穀物を栽培します。

夏に栽培する作物としては、オリーブ、ブドウ、柑橘類(かんきつるい、オレンジなど)、コルクガシなどがあります。
これらはいずれも樹木であり、日当たりと水はけのよい傾斜地で栽培されます。

特にオリーブは地中海式農業に特徴的な作物で、オリーブの栽培地域は地中海性気候(Cs)の分布とよく一致します。
逆に、ブドウなどは西岸海洋性気候(Cfb)のフランス北部でも栽培されるなど、必ずしも地中海性気候だけで栽培される作物ではないことに注意して下さい。

地中海周辺のオリーブの生産地の分布。地中海性気候の分布と重複する。 出典:Wikimedia Commons, © J. Oteros, CC BY-SA 4.0, 2021/2/13閲覧

一方、冬に栽培する小麦は主に平地で栽培されます。
地中海沿岸では、1つの畑を耕作地と畑を放置する休閑地(きゅうかんち)に分けて交互に作物栽培を行う二圃式(にほしき)農業が行われていました。
中世になるとドイツやフランス北部では、夏作・冬作・休閑をローテーションする三圃式(さんぽしき)農業へ移行しました。
しかし、地中海沿岸では夏の乾燥のため三圃式農業を行うことができず、二圃式農業がつづけられました。

この二圃式農業が発展したものが、今日の地中海式農業です。
現代では灌漑設備が普及し、土地改良も進んだため、野菜や花卉類(かきるい、観賞用のお花)などの単価の高い商品作物の栽培が盛んになっています。

地中海沿岸の羊の移牧(フランス南東部)。夏と冬の放牧地の間を移動するために羊が道路を進んでいる。出典:Wikimedia Commons, ©Jpmgir, CC BY-SA 3.0, 2022/11/5閲覧

地中海式農業は、農業と同時に牧畜も行う半農半牧の農業形態です。
家畜としては羊やヤギなどを飼育します。

地中海沿岸では、夏は雨が少ないため低地では草が枯れてしまいます。
そこで、雪解け水がある山腹に牧草を求めて家畜を引き連れて移動します。
冬になると、暖かい低地に移動してそこで家畜を放牧します。
このような牧畜の形態を移牧といいます。

移牧は遊牧とは異なり、定住地で農業を行いつつ、季節によっては山を下りたり上ったりして牧畜を行います。
現代では、土地改良の進展に伴って牧畜から野菜や花卉類の栽培に移行しているため、移牧は衰退しつつあります。

移牧と類似した概念として、牧畜や遊牧、放牧などの単語がありますが、これらの違いはこちらで解説しています。

園芸農業

オランダのチューリップ栽培(南ホラント州)。オランダでは花卉(かき、観賞用のお花)栽培が盛んであり、その多くが外国に輸出されている。出典:Wikimedia Commons, ©Alessandro Vecchi, CC BY-SA 3.0, 2022/11/5閲覧

園芸農業は、都市部へ作物を高値で販売することを目的として、お金をかけて設備や肥料を導入し、付加価値の高い商品作物を栽培する農業形態です。
機械や化学肥料などにお金をかけて作物の品質を高め、都市の需要を満たすために様々な種類の作物を栽培します。
様々な設備導入にお金をかけるため単価が高い野菜や果物、花卉(かき、観賞用のお花)などを中心に栽培します。

園芸農業としては、パリ盆地のケスタ地形を利用したワイン用ブドウ栽培が古くから行われてきましたが、現在では輸送手段や保存技術の発達により世界中で行われています。

施設園芸

イチゴのハウス栽培(日本)。日本ではイチゴの露地栽培の収穫時期は5-6月頃だが、ビニールハウスを利用した促成栽培により11-5月に収穫している。クリスマスケーキのイチゴは促成栽培によって生産されている。出典:Wikimedia Commons, ©Moja~commonswiki (assumed), CC BY-SA 3.0, 2022/11/5閲覧

施設園芸とは、ビニールハウスやガラス温室などを使って人工的な囲いをつくり、作物を保温・加温する形態の園芸農業のことです。

このように温度調整をしながら作物を栽培することを温室栽培というのに対し、屋外の畑でそのままの外気温や雨風にさらして栽培する方法を露地(ろじ)栽培といいます。
ビニールハウスなどを利用することで、建設費や維持費などでお金がかかる代わりに本来の栽培時期とは異なる時期に栽培することができます。
他の産地の作物が市場にあまり出回らない時期に出荷することで、需要に対して供給が少なくなり高値で売ることができます。

近郊農業

都市部に近い地域で行われる園芸農業を近郊農業といいます。
傷みやすい葉物野菜や鮮度が重要な花卉、鶏卵、牛乳などが生産されます。
また、植木や芝などの重量が重いものも輸送費を下げるために都市から近い地域で栽培します。

近郊農業は、ビニールハウスの温室を使って年に複数回栽培するなどお金をかけるため土地生産性が高く、世界各地の大都市近郊でみられます。
しかし、近年は交通手段や保存技術の発達が進み、大都市と物理的に近いことの優位性が小さくなり、遠隔地や外国で栽培された野菜が店頭に並ぶことが増えてきました。

遠郊農業

販売先の大都市から遠く離れた場所で行われる園芸農業を遠郊(えんこう)農業といいます。
栽培した作物をトラックに積んで大都市まで送ることが前提なので、輸送園芸トラックファーミングともいいます。

遠郊農業は消費者から遠い場所で栽培するため輸送費や鮮度保持などの条件が不利です。
そこで、その土地の気候や土壌に合わせて特定の作物に特化して栽培する傾向があります。

一例として、気候の違いを利用して出荷時期をずらす促成栽培や抑制栽培があります。
露地栽培の収穫期は気候の制約によって決まり(旬、しゅん)、収穫期と収穫期の間(端境期、はざかいき)には市場に出回る農産物の量が少なくなる一方、食料の需要は年中通して存在します。
そのため、収穫時期をずらすことができれば、農作物を高値で売ることができます。
標高の高い高原や季節が逆転する南半球などで、気候や季節の違いを利用した遠郊農業が営まれています。

促成栽培

ナスのハウス栽培(高知県四万十市)。高知では温暖な気候を生かして温室によるナスの促成栽培を行っており、現在では通年で収穫される。出典:Wikimedia Commons, ©Miya.m, CC BY-SA 3.0, 2022/11/5閲覧

促成(そくせい)栽培は、ビニールハウスなどの温室を利用して消費地周辺よりも出荷時期を早める栽培方法です。
他の地域の作物が市場に出回るよりも早く売ることで、高値で作物を販売することができます。

日本では、宮崎平野や高知平野など温暖な地域でナス、キュウリ、ピーマンなどの夏野菜の促成栽培が行われています。
夏野菜を春から出荷し、北関東や兵庫などの大都市近郊の露地栽培(温室を使わない普通の栽培方法)ものが出回るまで出荷を続けます。

大都市近郊でも温室栽培はできますが、より温暖な地域で温室栽培を行うことで温室の温度維持に使う燃料費を節約することができます。

抑制栽培

野辺山高原におけるレタスの収穫風景(長野県南牧村)。レタスは高温を嫌うため真夏を避けて栽培されるが、野辺山高原では冷涼な環境を生かした抑制栽培により収穫時期を遅らせて8月にレタスを収穫している。出典:Wikimedia Commons, ©On-chan, CC BY-SA 3.0, 2022/11/5閲覧

抑制(よくせい)栽培は、涼しい気候を利用して消費地周辺よりも出荷地時期を遅くする栽培方法です。
他の地域の作物の供給が少なくなったタイミングで販売することで、高値で作物を販売することができます。

日本では、長野・山梨・群馬の標高が高い地域でレタスやキャベツなどの葉物野菜の出荷時期を遅らせる抑制栽培が行われています。

植物によっては、日照時間の長短によって開花のタイミングが決まる植物がいます(短日植物や長日植物)。
そのような植物に対しては、温室内を夜も人工照明で照らしたり、反対に遮光(しゃこう、光をさえぎること)して開花時期を調整します。
キクは秋に日が短くなると開花するため、人工照明を使って開花時期を遅らせる抑制栽培が行われており、このように栽培されたキクを電照菊(でんしょうぎく)といいます。

電照菊の栽培(愛知県田原市)。キクは秋に日が短くなると開花するため、人工照明で取らすことで開花時期を遅らせる抑制栽培が行われている(電照栽培)。出典:Wikimedia Commons, ©At by At, CC BY-SA 3.0, 2022/11/5閲覧

参考文献

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