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コムギの栽培(冬小麦と春小麦・小麦カレンダー)

三大穀物の一つである小麦は、ヨーロッパや北米を中心に世界中で生産され、人間の主食として広く利用されています。
このページでは、品種や栽培方法、生産量や輸出量など作物としてのコムギに関する内容についてまとめています。

以下では、植物・作物としての小麦を「コムギ」、穀物としての小麦を「小麦」と表記して区別します。

穀物全体や他の作物の詳細については、以下のリンク先をご覧ください。
穀物・小麦・トウモロコシライ麦/エンバク/大麦雑穀

小麦の特徴

収穫期の小麦。出典:Wikimedia Commons, ©Melissa Askew teamaskew, CC0, 2022/11/18閲覧

コムギは三大作物の中で主食として最も広く栽培されている作物です。
コムギは米よりも涼しく乾燥した地域でも栽培できる一方、連作障害に弱く栽培地域に偏りがあります。

この項目ではコムギの原産地、栽培条件、栽培方法、栽培時期について順番に見ていきます。

小麦の原産地

コムギの原産地はロシア南部のカフカス(コーカサス)地方からメソポタミア(イラク)にかけてであると言われています。

コムギは原産地から世界各地に伝わり、世界で最も広く栽培されている穀物です。

コムギの原産地と各地への伝播の地図と詳細説明については、以下のリンク先をご覧ください。
コムギの発祥地と伝播経路」©Shogakukan
出典:コムギとは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/11/17閲覧

小麦の栽培条件

コムギの栽培には生育期に涼しく(14℃)、収穫期には温暖(20℃)である必要があります。
年降水量は500-750mmが適していて、乾燥限界にあたる年降水量500mmが栽培限界になります。

18℃以上の気温と1,000mm以上の年降水量を必要とする米よりも寒さや乾燥に強いですが、代わりに暑さや収穫期の雨に弱いです。
そのため、主な栽培地は温帯~亜寒帯(冷帯)の中でも乾燥帯に隣接する降水量の少ない地域です。

中国やインドでは年降水量1,000 mmの等降水量線が稲と小麦の栽培の境界になります。
年降水量が1,000 mm以上の地域で稲作が行われ、年降水量が1,000 mm未満の地域でコムギの栽培が行われます。
詳細はこちらをご覧ください。

アメリカ合衆国では西経100度線年降水量500 mmの等降水量線に近くなり、おおむね西経100度線以東の降水量が多い地域でコムギが栽培されます。

日本では梅雨が収穫期にぶつかるためコムギの栽培には条件が悪く、梅雨がない北海道で主に栽培されています。

冬小麦と春小麦

6月の小麦畑(フランス北部のイル・ド・フランス地方)。フランスでは冬小麦(秋に種をまき翌夏に収穫)の栽培が盛んであり、生産量の約半数が輸出に向けられている。出典:Wikimedia Commons, ©2007 David Monniaux, CC BY-SA 3.0, 2022/11/17閲覧

コムギは種をまく時期の違いによって冬小麦春小麦に分けられます。

冬小麦は秋に種をまき、冬を越して翌年の春から初夏にかけて収穫します。
一方、春小麦は春に種をまき、晩夏から秋にかけて収穫します。

冬小麦の方が植物としてのコムギ本来の生態に合致した栽培方法であるため、小麦といえば冬小麦の栽培が主流です。
春小麦は冬の気温が低くてコムギが越冬できない高緯度地域を中心に栽培されます。

参考

なぜ秋に小麦の種をまくのか
植物としてのコムギは、元々秋に発芽して新芽のまま越冬し、春に開花して穂を実らせる植物です。
冬の間に一定期間低温にさらされた後に暖かくなることで、コムギの体内で開花に必要なフロリゲンというホルモンが生成されます(春化、しゅんか)。
コムギは元々このような生態をもつため、冬小麦がコムギ本来のサイクルで生育しています。

しかし、ヨーロッパ北部などの寒冷な地域では冬に寒すぎてコムギが越冬できません。
そのため、低温にさらして春化しなくても開花するような品種を選抜し、春に種をまいて夏から秋にかけて収穫できるように品種改良したものが春小麦です。
このため、春小麦は気温が低く冬小麦が栽培できないような寒冷な場所で栽培されます。

南半球の主要な栽培地域は比較的温暖である(かつ高緯度地域に陸地が少ない)ため冬小麦が栽培されます。
そのため、春小麦が栽培されるのは北半球の高緯度地域に限られます。

小麦カレンダー

小麦カレンダー。世界各国の小麦の作付・収穫時期を示している。北半球が冬の時期でも南半球や亜熱帯の地域が小麦の収穫期を迎えるため、ほぼ一年中小麦を得ることができる。出典のp154の表を抜粋して作成。出典:(参考)クロップカレンダー 農林水産省 2022/11/18閲覧

世界各地の小麦の収穫時期を月別で表した図を小麦カレンダーといいます。

小麦の作付・収穫時期は、主に次の3点で決まります。
①北半球か南半球か
②冬小麦か春小麦か
③栽培地の緯度

①北半球か南半球か
上の小麦カレンダーを見ると、南半球のアルゼンチンとオーストラリアは、小麦の収穫時期が10-1月です。
この時期は北半球では冬のため端境期(はざかいき、収穫期と収穫期の間)にあたり小麦の収穫はありません。
一方で季節が逆転している南半球では小麦を収穫することができます。

②冬小麦か春小麦か
次に冬小麦か春小麦で作付・収穫時期が大幅に異なります。
冬小麦は前年の8-11月に作付した小麦を翌年の5-7月にかけて収穫します。
一方、寒冷な地域では春小麦を栽培するため、3-5月に作付して8-9月にかけて収穫します。

③栽培地の緯度
基本的に緯度が高い寒冷地ほど収穫が遅くなる傾向になります。

インドでは他の地域とは異なり、秋に作付して春に収穫します。
緯度が低いため冬でも温暖である一方、季節風の影響で雨季と乾季があるため、雨季を避けて乾季である冬に栽培されます。

地域ごとに栽培環境が異なるため、ほぼ一年中どこかの地域で小麦が収穫されます。

連作障害と農業形態

ノーフォーク農法の模式図。ノーフォーク農法は①小麦、②カブ、③大麦、④クローバーをこの順で栽培する輪作方法である。三圃式農業における休閑を無くした輪作方法であり、イングランド東部のノーフォークで普及した。出典を加工して作成。出典:Wikimedia Commons, ©Riccardo Romano 208, CC BY-SA 4.0, 2022/11/18閲覧

コムギは畑で栽培されるため、連作障害を避けるために他の作物と輪作が行われます。
特にヨーロッパでは複数の作物の輪作と家畜の飼育を組み合わせた混合農業が発展しています。

コムギの栽培に適した温帯~亜寒帯(冷帯)の中でも乾燥帯に隣接する降水量の少ない地域では、企業的穀物農業による大規模なコムギの単作(毎年同じ場所でコムギを栽培)が行われています。
地域としては、北米のプレーリーやアルゼンチンのパンパ、ロシア~ウクライナのチェルノーゼム、オーストラリア南東部などです。
これらの地域は草原地帯で、雨が少ないため腐植土が流されずに堆積した肥沃な土壌をもつため、コムギの単作に適しています。

生産量と輸出入量

世界の小麦の生産量(2000年)。小麦の生産は欧米を中心に広い地域で栽培される。アジアでは寒冷・乾燥のため稲作ができない地域で栽培される。ミネソタ大学環境研究所編。出典:Wikimedia Commons, ©AndrewMT, CC BY-SA 3.0, 2022/11/19閲覧

小麦は世界各地で栽培されますが、特に生産量が多い地域は偏っています。
小麦は生産国と消費地が異なる傾向にあるため、生産量の3割が輸出に回されます。

小麦の生産量と1 haあたりの収量(2017年)。出典:データブックオブ・ザ・ワールド2020年版 p56 二宮書店

小麦の貿易(2016年)。出典:データブックオブ・ザ・ワールド2020年版 p56 二宮書店

小麦の生産量の表を見ると、生産量上位は人口が多い中国インドが占める一方、3位以降はロシアアメリカなど黒色土が分布する国が上位に来ています。
輸出国をみるとさらにその傾向が強く出ています。
輸出国の上位はフランスを除いて全て黒色土が分布する地域です。

これらの黒色土が分布する地域は穀物を大量に生産・輸出することができるので穀倉地帯とよばれます。
一例として、チェルノーゼムが広がるウクライナは「欧州のパンかご」とよばれます。
「パンかご」は穀倉地帯を表す英語表現(Breadbasket)を直訳しています。

一方、輸入国には気候的に小麦の栽培が難しい国が並びます。
熱帯のインドネシアや乾燥帯のエジプト・アルジェリアは国土の大部分で小麦の栽培が難しい気候です(ナイル川流域など一部栽培に適した土地がありますが国内需要をまかなえていません)。
輸入国のイタリアやスペイン地中海性気候(Cs)のため単位面積あたりの収穫量が少なくなります。
いずれも輸出国フランスと隣接していますが、フランスでも地中海沿岸では西岸海洋性気候(Cfb)の北部よりも単位面積あたりの収穫量が少なく、栽培される小麦の種類も少なくなります。

小麦は世界中で食べられている穀物ですが、栽培に適した地域は限られているため国際貿易の品目として大きな存在感をもっています。

参考

硬質小麦と軟質小麦
小麦の品種は硬質小麦軟質小麦の2種類に分けられ、それぞれ用途と栽培地域が異なります。

硬質小麦はパンコムギともよばれます。
たんぱく質含有量が多く、焼くと硬くなるためパンや中華麺の原料として使用されます。
硬質小麦の小麦粉は粘り気や弾力が強いため、強力粉(きょうりきこ)とよばれます。

一方で軟質小麦はたんぱく質含有量が少ない小麦で、洋菓子や天ぷら粉などの原料として使用されます。
軟質小麦の小麦粉は粘り気が少なくて柔らかくなり、薄力粉(はくりきこ)とよばれます。

硬質小麦と軟質小麦は栽培地域にも違いがあります。
たとえば、フランスでは地中海性気候(Cw)の南フランスで硬質小麦が栽培されるのに対し、西岸海洋性気候(Cfb)の北部では軟質小麦が栽培されます。

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参考文献

須田敏文「インドにおける農業と農業政策の概要」 公益財団法人 日本農業研究所 2022/11/18閲覧
コムギとは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/11/18閲覧
地理用語研究会編「地理用語集第2版A・B共用」山川出版社(2019)
コムギ ウィキペディア 2022/11/18閲覧
須田文明「第5章 フランスにおける小麦=パンのフードシステムプロジェクト研究 [主要国農業戦略横断・総合] 研究資料 第6号 農林水産政策研究所
春化現象とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/11/18閲覧
コムギの話 SHIGEN 国立遺伝学研究所 2022/11/18閲覧
(参考)クロップカレンダー 農林水産省 2022/11/18閲覧
ノーフォーク農法 ウィキペディア 2022/11/19閲覧
データブックオブ・ザ・ワールド2020年版 二宮書店
片平博文他「新詳地理B」帝国書院(2020)
小麦粉 ウィキペディア 2022/11/19閲覧
硬質小麦 農業技術事典 NAROPEDIA ルーラル電子図書館 2022/11/19閲覧
軟質小麦 農業技術事典 NAROPEDIA ルーラル電子図書館 2022/11/19閲覧

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