系統地理 農業

園芸農業(施設園芸・近郊農業・遠郊農業・促成栽培・抑制栽培)

多くの設備や手間をかけて高値で売れる商品作物を栽培する農業を園芸農業といいます。
園芸農業では、その地域の地形や気候、立地などを活かして様々な作物が栽培されています。
このページでは、園芸農業とその一種である施設園芸、近郊農業、遠郊農業、促成栽培、抑制栽培について順に解説します。

ホイットルセーの農業地域区分自給的農業商業的農業(園芸農業)・企業的農業

園芸農業

花卉(かき、観賞用のお花)の競売を行う組合であるRoyal FloraHollandの倉庫(オランダ)。オランダでは花卉などの付加価値の高い作物を栽培する園芸農業が盛んである。出典:Wikimedia Commons, CC0, 2022/11/7閲覧

園芸農業とは都市部へ作物を高値で販売することを目的とし、資本を投下して(お金をかけて)設備や肥料を導入して付加価値の高い商品作物を栽培する農業形態です。
機械や化学肥料などにお金をかけて作物の品質を高め、都市の需要を満たすために様々な種類の作物を栽培します。
様々な設備導入にお金をかけるため単価が高い野菜や果物、花卉(かき、観賞用のお花)などを中心に栽培します。

古くから営まれてきた園芸農業の例としてはパリ盆地のケスタ地形を利用したワイン用ブドウ栽培があります。
現在では輸送手段や保存技術の発達により世界中でニーズに応じて様々な作物の栽培が行われています。

ケスタ地形を利用して栽培されるブドウ畑(フランス東部・ブルゴーニュ地方)。出典:Wikimedia Commons, ©Arnaud 25, CC BY-SA 3.0, 2023/4/23閲覧

施設園芸

イチゴのハウス栽培(日本・1月)。日本ではイチゴの露地栽培の収穫時期は5-6月頃だが、ビニールハウスを利用した促成栽培により11-5月に収穫している。クリスマスケーキのイチゴは促成栽培によって生産されている。出典:Wikimedia Commons, ©Moja~commonswiki (assumed), CC BY-SA 3.0, 2022/11/5閲覧

施設園芸とはビニールハウスやガラス温室などを使って人工的な囲いを設置して作物を保温・加温する形態の園芸農業のことです。

このように温度調整をしながら作物を栽培することを温室栽培というのに対し、屋外の畑でそのままの外気温や雨風にさらして栽培する方法を露地(ろじ)栽培といいます。
ビニールハウスなどを利用することで建設費や維持費などでお金がかかる代わりに本来の栽培時期とは異なる時期に栽培することができます。
他の産地の作物が市場にあまり出回らない時期に出荷することで需要に対して供給が少なくなり高値で売ることができます。

近郊農業

白菜の収穫風景(茨城県南西部・つくば市)。収穫した白菜が箱詰めされたダンボール箱が畑に並べられ、輸送用のトラックに積み込む作業が行われている。葉物野菜はいたみやすいため、茨城県では人口が多い東京に近い立地の優位性を活かした近郊農業が行われている。出典:Wikimedia Commons, ©Toshihiro Matsui, CC BY-SA 3.0, 2024/2/24閲覧

都市部に近い地域で行われる園芸農業を近郊農業といいます。
傷みやすい葉物野菜や鮮度が重要な花卉、鶏卵牛乳などが生産されます。
また、植木や芝などの重量が重いものも輸送費を下げるために都市から近い地域で栽培します。

近郊農業ではビニールハウスの温室を使って年に複数回栽培するなどお金をかけるため土地生産性が高く、世界各地の大都市近郊でみられます。

日本でも人口が集中する大消費地である東京の周辺に位置する茨城県、千葉県、埼玉県などで近郊農業が盛んです。
日本の都道府県別の農業産出額(2021年)を見ると、茨城県(4位)や千葉県(5位)が上位に来るのは近郊農業が盛んなためです(令和3年生産農業所得統計 e-Stat 2024/2/24閲覧)。
茨城県や千葉県では農業産出額の約5割を園芸農業(野菜・果物・花卉類)が占めます。
より都心に近い埼玉県、神奈川県、東京都では園芸農業の割合がさらに高くなります(東京都では約8割が園芸農業)。
ただし、都心に近づくほど農業以外の土地利用(住宅、オフィスビル等)がふえるため、東京の農業生産額自体は茨城や千葉と比べると非常に小さくなります。

近年では、交通手段や保存技術の発達が進んだため大都市と物理的に近いことの優位性が小さくなり、遠隔地や外国で栽培された野菜が店頭に並ぶことが増えてきました。

遠郊農業

小麦カレンダー。世界各国の小麦の作付・収穫時期を示している。北半球が冬の時期でも南半球や亜熱帯の地域が小麦の収穫期を迎えるため、ほぼ一年中小麦を得ることができる。出典のp154の表を抜粋して作成。出典:(参考)クロップカレンダー 農林水産省 2022/11/18閲覧

販売先の大都市から遠く離れた場所で行われる園芸農業を遠郊(えんこう)農業といいます。
栽培した作物をトラックに積んで大都市まで送ることが前提なので、輸送園芸やトラックファーミングともいいます。

遠郊農業は消費者から遠い場所で栽培するため輸送費や鮮度保持などの条件が不利です。
そこで、その土地の気候や土壌に合わせて特定の作物に特化して栽培する傾向があります。

一例として、気候の違いを利用して出荷時期をずらす促成栽培や抑制栽培があります。
露地栽培の収穫期は気候の制約によって決まります((しゅん))。
そのため、収穫期と収穫期の間(端境期(はざかいき))には市場に出回る農産物の量が少なくなります。
一方で食料の需要は年中通して存在するため、収穫時期をずらすことができれば農作物を高値で売ることができます。
標高の高い高原や季節が逆転する南半球などで気候や季節の違いを利用した遠郊農業が営まれています。

促成栽培

ナスのハウス栽培(高知県西部・四万十市)。高知では温暖な気候を生かして温室によるナスの促成栽培を行っており、現在では通年で収穫される。出典:Wikimedia Commons, ©Miya.m, CC BY-SA 3.0, 2022/11/5閲覧

促成(そくせい)栽培はビニールハウスなどの温室を利用して消費地周辺よりも出荷時期を早める栽培方法です。
他の地域の作物が市場に出回るよりも早く売ることで高値で作物を販売することができます。

日本では宮崎平野(宮崎県南東部)や高知平野(高知県中部)など温暖な地域でナス、キュウリ、ピーマンなどの夏野菜の促成栽培が行われています。
夏野菜を春から出荷し、北関東や兵庫などの大都市近郊の露地栽培(温室を使わない普通の栽培方法)ものが出回るまで出荷を続けます。

大都市近郊でも温室栽培はできますが、より温暖な地域で温室栽培を行うことで温室の温度維持に使う燃料費を節約することができます。

抑制栽培

野辺山高原におけるレタスの収穫風景(長野県東信地方・南佐久郡南牧村)。レタスは高温を嫌うため真夏を避けて栽培されるが、標高が高い野辺山高原では冷涼な気候を活かした抑制栽培により収穫時期を遅らせて8月にレタスを収穫している。出典:Wikimedia Commons, ©On-chan, CC BY-SA 3.0, 2022/11/5閲覧

抑制(よくせい)栽培は涼しい気候を利用して消費地周辺よりも出荷地時期を遅くする栽培方法です。
他の地域の作物の供給が少なくなったタイミングで販売することで高値で作物を販売することができます。

日本では長野県・山梨県・群馬県の標高が高い地域でレタスやキャベツなどの葉物野菜の出荷時期を遅らせる抑制栽培が行われています。

植物によっては日照時間の長短によって開花のタイミングが決まる植物がいます(短日植物や長日植物)。
そのような植物に対しては温室内を夜も人工照明で照らしたり、反対に遮光(しゃこう、光をさえぎること)して開花時期を調整します。
キクは秋に日が短くなると開花するため、人工照明を使って開花時期を遅らせる抑制栽培が行われています。
このように栽培されたキクを電照菊(でんしょうぎく)といいます。

電照菊の栽培(愛知県南部・渥美半島に位置する田原市)。キクは秋に日が短くなると開花するため、人工照明で取らすことで開花時期を遅らせる抑制栽培が行われている(電照栽培)。出典:Wikimedia Commons, ©At by At, CC BY-SA 3.0, 2022/11/5閲覧

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参考文献

地理用語研究会編「地理用語集第2版A・B共用」山川出版社(2019)
イチゴ ウィキペディア 2022/11/5閲覧
園芸農業とは コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 2022/11/5閲覧
Market garden Wikipedia 2022/11/5閲覧
施設園芸とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/11/5閲覧
近郊農業とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/11/5閲覧
茨城の農業 いばらき農業アカデミー 茨城県 2024/2/24閲覧
令和3年生産農業所得統計 e-Stat 2024/2/24閲覧
輸送園芸 ウィキペディア 2022/11/5閲覧
輸送園芸とは コトバンク ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 2022/11/5閲覧
高知なす JA高知県 2022/11/5閲覧
促成栽培 ウィキペディア 2022/11/5閲覧
抑制栽培 ウィキペディア 2022/11/5閲覧
レタス ウィキペディア 2022/11/5閲覧
電照菊 ウィキペディア 2022/11/5閲覧
電照栽培とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/11/5閲覧

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