農業において安定的に水を入手することは切実な問題です。
そのため、降水から十分な水が手に入れられない場所では、外部から水を引いて農地に水を供給する灌漑(かんがい)が行われてきました。
このページでは、灌漑農業における水の確保や導水・散水に関わる内容について解説します。
目次
農業における灌漑(かんがい)
外部の河川や地下水などから水を田畑に供給して作物へ与えることを灌漑(かんがい)といいます。
降水量が豊富な地域であっても、何もしないと雨水は短時間で流れ出てしまうため、作物によっては水が不足することがあります。
また、降水量が少ない季節や干魃(かんばつ)発生時にも雨水だけでは作物は枯れてしまいます。
そこで農作物の収穫量の安定・増加のために近くの河川や湖沼から導水したり、雨水をためるため池(溜池)を作ったり、井戸から地下水をくみ上げて水を手に入れます。
たとえば、河川などから田畑へ向けて(農業)用水路とよばれる人工的な水路を通して水を農地へ送って作物に水を与えます。
このように灌漑で使用する水を灌漑用水といいます。
農業で使用する水であることから農業用水ともいいます。
雨水のみに頼ると収穫量を維持できず、灌漑により作物へ水を与えることではじめて成立する農業を灌漑農業といいます。
灌漑農業はアジアの稲作(水を引いて水田にする必要がある)や西アジア・地中海沿岸・アメリカなどの乾燥地域でみられます。
水源
灌漑農業では水を大量に消費するため水源が必要であり、その土地の気候や環境に応じた水源が使われます。
ポイント
灌漑農業の水源
河川:近くに河川がある場所では、川から水を引いて利用
ため池:十分な降水がある土地ではため池を作って降水を貯めておき、必要に応じて農地に給水
地下水:降水が少なく近くに大きな河川がない土地でも地下に帯水層がある場合は地下水をくみ上げて農業に利用
河川
近くに十分な水量の河川が流れている場合、河川の水を農地に引いて作物に与えます。
日本のように降水が十分な地域では多くの河川が流れており、河川から用水路で水を引くことで農業用水を確保します。
そのため、特に多くの水が必要な水田は河川に近い低地広がります。
乾燥帯のように降水が少ない地域でも、水量の豊富な外来河川がある場合は灌漑農業が盛んに行われます。
たとえば、砂漠気候のエジプトではナイル川沿岸で古くから農業が盛んであり、上の衛星画像ではナイル川に沿うように緑色の農地が広がっています。
河口は円弧状三角州(ナイル川デルタ)となっており、川の広がりに合わせて農地も広がっています。
乾燥帯が広がる中央アジアでは、ソ連時代(20世紀後半)にアムダリア川とシルダリヤ川周辺で大規模な開発が行われ、両河川の水を利用した灌漑農業による綿花栽培が行われています。
中央アジア各国では灌漑農業による綿花栽培が盛んに行われている一方、両河川の下流のアラル海(塩湖)では流入水量が大幅に減少して干上がったため大幅に面積を減らしました。
かつてアラル海だった場所には塩分の多い砂漠が広がり、湖岸の森林は水不足で枯れて気温の年較差も激しくなり、しばしば砂嵐が発生して砂や塩が周辺にばらまかれて、農地の塩害や健康被害(呼吸器疾患など)が発生しています。
ため池(ダム)
ため池(溜池)は主に農業用水を確保するために人工的に作った池のことです。
山間部で谷間をせき止めて水を貯めたり、平地に堤防を作って水を貯めて作られます。
必要に応じて農地に流すために取水設備が備えつけられ、用水路を通して農地につながっています。
ため池の水は雨水由来なので、降水自体はあるが水不足になりやすい地域でため池が作られます。
ため池自体の機能は、降水時期と水の利用時期の差を調整する機能です。
農業を行わない冬の間に貯まった水や雪解け水を春先に利用したり、梅雨の降水で貯まった水を梅雨明けに使うといった使われ方をします。
ため池は日本では香川県を中心とする瀬戸内海沿岸で多く見られます。
これらの地域では中国山地と四国山地に挟まれた瀬戸内海気候のため降水量が少なく、川も短くて降水がすぐに海に流れるため水不足になりやすく、古くからため池が作られてきました。
地下水
乾燥帯で周囲に十分な水量の河川が存在しない場合でも、地下に帯水層がある場合は地下水をくみ上げて灌漑農業を行うことができます。
砂漠のような降水が少ない場所でも地下の帯水層から地表へ湧水がある場所が点在しています。
そのような場所を泉性オアシスとよび、湧水を利用したオアシス農業が営まれてきました。
アメリカ合衆国中西部のグレートプレーンズでは、栄養分豊富で肥沃な土壌(黒色土であるプレーリー土)が広がるにも関わらず、乾燥帯であるため雨水を使った農業が困難です。
そこで、オガララ帯水層という地下の帯水層(化石水)の水をくみ上げて大規模な灌漑農業が行われています。
様々な灌漑の形態
ここからは灌漑農業で使われる様々な設備について紹介します。
センターピボット
センターピボット(方式)は、広大な農地に効率的に水を散布する機械を使用した灌漑農業の形態です。
円の中心から外周に向かってアームが伸びた機械を使用し、円の中心を支点として円周上に360°回転しながら散水します。
散水する水には農薬や肥料も溶かすことで効率的に散布します。
センターピボットが見られるのは、降水量が少ないが人口が希薄で広大な土地が使える地域において、資本を投下して(大量のお金を使って)機械化した農業が行われる場合です。
典型的な場所はアメリカ合衆国中西部のグレートプレーンズです。
グレートプレーンズでは、地下水(オガララ帯水層など)をくみ上げた灌漑農業が行われ、衛星画像からも多数のセンターピボットが確認できます。
他には、サウジアラビアやカタールのような砂漠でもセンターピボットが見られます。
これらの産油国は原油の売上を元に築いた豊富な資本(お金)と広大な砂漠を利用して地下水をくみ上げた灌漑農業が行われています。
農業用水路
河川や湖沼の水を農業に利用するために、水源から農地までをつないだ用水路を農業用水路といいます。
農業用水路を通して農地に送った水を作物に与えます。
このように灌漑で使用する水を灌漑用水といい、農業で使用する水であることから農業用水ともいいます。
降水が少ない土地での農業や大量の水を必要とする作物の栽培(水稲栽培など)において、農業用水路を整備することで水源から遠い土地でも農業を行うことができます。
日本は降水量が比較的多いにも関わらず、山がちな地形で雨水がすぐに海に流れてしまう一方、水を大量に使用する水稲栽培が行われています。
そこで、水田に引く大量の水を確保するためにため池や河川から何本もの農業用水路を整備し、平野の隅々の水田に水を供給できるようになっています。
地下水路
気温が高く乾燥した地域では、地上に溝を掘って水を流すとあっという間に蒸発し、目的地まで運ぶことができる水量が少なくなります。
そこで、水の蒸発を防ぐために地下に水路を通して水を流します。
地下水路の長さは、ものによっては数十kmにもおよびます。
最も古い地下水路は紀元前1,000年頃にイランでつくられ、その後周辺に広まりました。
地下水路には各地で固有の名前がつけられ、イランではカナート、アフガニスタンではカレーズ、北アフリカではフォガラ、中国ではカンアルチン(坎児井)とよばれています。
このような地下水路は主に山麓オアシスで見られます。
イランや中国西部の砂漠の周辺には標高の高い山地が発達し、これらの高山では降水・積雪があります。
標高が高い場所から流れる水は川となり、山麓には大規模な扇状地が発達します。
扇状地で川の水は伏流水となり、そのまま低地の地下に流れていきます。
この地下水を山側で取水し、蒸発を防ぐためにそのまま地下水路をつなげて水を引き、農地など必要な場所まで送ります。
この方法は山間部の降水に依存しているため、砂漠の周辺部に立地する山麓オアシスで主に見られます。
水利権
水は限りある資源であるため、ある河川や湖沼の水を排他的・独占的に利用できる権利である水利権が設定されます。
水利権を設定して水の利用を制限することで、特定の人(特に新しく利用する人)が大量の水を使用することで、他の人(特に昔から使っている人)が農業などに使えなくなることを防ぐことができます。
土地改良事業
農業生産性を高めるために、灌漑設備の整備や土壌改良、分散した耕作地の集約などを行う事業を土地改良事業といいます。
灌漑設備は農業生産性に大きく影響するため、土地改良事業でも灌漑設備の整備が積極的に行われています。
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参考企業的農業(企業的穀物/畑作農業・企業的牧畜・プランテーション)
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参考文献
改めて知りたい、灌漑(かんがい)の意味とは?灌漑用水って何? マイナビ農業 2022/8/30閲覧
用水路 ウィキペディア 2022/8/30閲覧
地理用語研究会編 「地理用語集第2版A・B共用」山川出版社(2019)
アラル海 ウィキペディア 2024/2/5閲覧
ため池 ウィキペディア 2024/2/5閲覧
ため池 農林水産省 2024/2/5閲覧
香川の水に関する疑問にお答えします(その1) 香川県 2024/2/5閲覧
Center-pivot irrigation, Wikipedia 2024/2/4閲覧
農業に必要な水はどうやって田んぼや畑に届いているのですか。 農林水産省 2024/2/5閲覧
Qanat Wikipedia 2022/8/30閲覧
オアシスとは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2024/2/5閲覧
水利権とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/8/30閲覧