このページでは、農作物や家畜の品種改良の歴史と遺伝子組換え作物についてまとめます。
人類の品種改良の歴史をふまえた上で、現代における遺伝子組み換え作物の利点と課題について深掘りします。
目次
品種改良
品種改良とは、より人間に好ましい性質をもつ作物や家畜の品種を作り出すことです。
上の画像はトウモロコシとその原種テオシントの実の部分(可食部)を並べたものです。
最も上のテオシントは実が小さく十粒程度しかありません。
一方で最も下の現代のトウモロコシは大きな実を多数つけています。
これは人類が数千年にわたって品種改良を続けた結果です。
長年にわたり人為的な選択(収穫のたびに粒が大きい個体のみ選んでその種をまく)や交雑(異なる種を交配させて有用な品種を作り出す)を続けた結果、今日の食べられているようなトウモロコシが誕生しました。
家畜も同様に、人為的な選択(気性の荒い個体を優先的に食べてしまい、おとなしい個体のみ繁殖させる)や交雑を繰り返した結果、イノシシから今日のブタを生み出すなどの品種改良が長い年月をかけて行われました。
参考
遺伝子組換えも品種改良の一種
「気性が穏やかなブタ」や「大きくて甘い実がなるトウモロコシ」といった生物の性質は、遺伝子レベルでプログラムされています。
そのため、品種改良はいわば人間にとって都合の良い遺伝子を選抜する行為です。
現代では、遺伝子組み換え技術を利用して人間にとって都合が良い形質を発現する遺伝子を直接作り出すことができます。
遺伝子に関する技術や知識がない時代にも人間にとって都合が良い性質をもつ個体が残す子孫は同じような性質をもつことが知られていました。
そこで、人為的な選択や交雑といった方法を繰り返すことで人間にとって都合が良い遺伝子をもつ個体を作り上げてきました。
突然変異で偶然に人間にとって都合の良い遺伝子が少数生まれた場合であっても、そのような個体を人間が保護することで次の世代にはその遺伝子をもつ個体の割合を増やすことができます。
このような従来の品種改良の方法は作物や家畜が何代も世代を重ねる必要があり、非常に長い年月がかかる上に常に人間にとって都合の良い性質が残るとは限りません。
そこで現代では、遺伝子組み換え技術を応用して人間にとって都合が良い性質をもつ作物の研究開発が行われています。
緑の革命と高収量品種
1940年代から1960年代にかけて、発展途上国において品種改良や化学肥料の導入によって穀物の大量増産に成功しました。
これを緑の革命といいます。
メキシコでは小麦の多収量品種の導入に成功しました。
メキシコでは1943年には小麦の半分を輸入していましたが、1956年には自給自足を達成してその後輸出国に転じました。
フィリピンでは1960年に国際稲研究所(IRRI, International Rice Research Institute)が設立され、イネの高収量品種であるIR8を開発しました。
IR8はミラクルライスとよばれ、東南アジア各国の米の生産量を大幅に増加させました。
アフリカでは1971年に設立されたアフリカ稲センター(本部:コートジボワール、旧称西アフリカ稲開発協会)がイネの品種改良を行っています。
乾燥や病害虫に強いアフリカ種と高収量のアジア種のイネを交配して様々な新品種を開発しています。
これら新品種群はネリカ(NERICA, New Rice for Africa)とよばれます。
ネリカは耐乾燥性や耐病原性を備えた高収量品種であるため、アフリカの食料確保の切り札として期待されています。
以上のように緑の革命は生産量の飛躍的な増大に成功しました。
メキシコで小麦の品種改良に成功したアメリカの農学者ボーローグ(Norman Ernest Borlaug, 1914-2009)は、世界で10億人以上の人々を飢餓から救ったとされ、1970年にノーベル平和賞を受賞しています。
一方、生産量の急増に伴い農産物の国際価格が下落したため、農家は必ずしも豊かになっていないという課題もあります。
緑の革命で開発された高収量品種は近代的な灌漑設備や化学肥料・農薬の使用を前提とします。
そのため、これらの設備を導入できる農家とできない貧しい農家との間の格差が生じたという問題もあります。
インドにおける白い革命
インドでは1960年代後半からの「緑の革命」により穀物の生産量が増大しました。
この結果、十分な量の穀物を家畜飼料に回す余裕が生まれて生乳の飛躍的な増産を実現しました。
このことを「白い革命」とよびます。
緑の革命の恩恵は設備投資を行える大規模農家など限られ農民の二極化を招きましたが、農地をもたない小作人であっても牛の飼育は可能です。
1970年代以降、インドでは経済発展に伴いミルクの需要が急増したことも相まって、緑の革命の恩恵にあずかれない農民の収入源確保につながりました。
遺伝子組換え技術
遺伝子組換え技術とは、生物の遺伝子の一部を人工的に組みかえることで人間にとって有益な性質を導入する生物工学の技術です。
遺伝子組換え技術は細菌や培養細胞に医薬品の元となる化合物を合成させたり、作物に病害虫耐性を導入して収穫量を増やすといった活用がなされています。
ここでは、遺伝子組換え技術の農業への応用として遺伝子組み換え作物と遺伝子組み換え食品についてふれます。
遺伝子組換え作物
遺伝子組み換え作物(GM作物、Genetically Modified crops)とは、遺伝子組み換え技術を使って作物に特定の遺伝子を人工的に組み入れた作物です。
病害虫や除草剤への耐性や保存性の向上など人間にとって都合が良い性質を遺伝子操作により導入します。
病害虫に強い遺伝子を作物に導入することで収穫量が増加し、さらに病害虫を防ぐために使用する農薬の使用量を削減することができます。
たとえば、除草剤耐性をもつ作物の畑に除草剤をまくと、雑草のみが枯死して作物は雑草がいない環境で効率的に成長できます。
このため、遺伝子組み換え作物は農薬による環境への負荷を軽減し、食料の生産効率を高めて食料をより安価にすることで世界の貧しい人々を栄養不足から救うことが期待されています。
また、遺伝子組換え作物は人間が食べる食用作物だけに限りません。
花卉(かき、観賞用のお花)栽培においても、自然界には存在しない色合いの花の栽培が行われています。
たとえば、遺伝子組換え技術により青色の色素を植物に導入することで青いバラやカーネーションが開発されています。
青いバラは日本でも商業栽培が行われており、日本で栽培されている数少ない遺伝子組み換え作物です。
世界で最初の遺伝子組み換え作物はトマトです。
1994年にアメリカで開発された遺伝子組換えトマト(Flavr Savr tomato)は果実が崩れにくく完熟した状態で収穫・流通ができる保存性に優れたトマトです。
遺伝子組換えを行うことで農業の効率向上や農産物の品質向上につながるがため、多くの作物で行われるようになりました。
現在では、全世界の大豆の作付面積の83%、ワタ(綿花)の75%、トウモロコシの29%が遺伝子組み換え作物です。
遺伝子組み換え作物には様々なメリットがありますが、いくつかの問題があるため特定の国に偏って栽培されています。
次の地図は遺伝子組換え作物の国別栽培面積で色分けした地図です。
上の地図を見ると、アメリカ、カナダ、アルゼンチン、ブラジル、インドで栽培面積が1,000万haを超えています。
この5カ国で世界の遺伝子組み換え作物の栽培の約9割を占めます(ISAAA, 2019年)。
このように遺伝子組み換え作物が栽培される地域が偏っているのは、国によって遺伝子組み換え作物に対する考え方が異なるためです。
欧州では強く規制されているのに対し、南北アメリカ大陸では広く栽培され、中国でも積極的に導入する動きがあります。
日本では厳しい規制や消費者の心象の問題のため、遺伝子組み換え作物の商業栽培は少数にとどまります(栽培例:青いバラ)。
遺伝子組み換え食品
遺伝子組み換え食品は遺伝子組換え技術を利用して生産された食品です。
遺伝子組み換え食品の中には、食品に含まれる栄養素を増やしたり食感を改良するなど人間にとって都合が良い改良がなされているものもあります。
日本では遺伝子組み換え作物の栽培に対して厳しい規制が課せられていますが、その一方でアメリカなどで生産された遺伝子組み換え食品を大量に輸入しています。
そのため、日本においても大豆やトウモロコシ由来の食品を中心に、遺伝子組み換え食品を大量に摂取しています。
これらの食品はいずれも安全性を審査された上で輸入されており、他の食品と比べて特段健康リスクは高くありません。
遺伝子組み換え作物に対する懸念
遺伝子組み換え作物に対する懸念の一つとして、遺伝子組み換え作物が農地の外へ繁殖して野生生物の生態系(生物多様性)に悪影響を与える可能性です。
このような問題に対処するために2003年にはカルタヘナ議定書が発効し、遺伝子組み換え作物の輸出入などの国際的なルールが定められました。
カルタヘナ議定書の締結をうけて、日本でも遺伝子組み換え作物が生態系へ悪影響を与えないように栽培前に事前審査を行うことが法律で定められました(カルタヘナ法)。
また、遺伝子組み換え作物には経済的な問題点もあります。
遺伝子を改変して人工的に作り出された遺伝子組み換え作物の特許は開発した化学メーカーが所有しています。
そのため、農家が収穫した作物から手に入れた種子を畑にまくことは特許権侵害になり、毎年化学メーカーから種子を購入する必要があります。
そもそも作物から取り出した種をまいても育たないように遺伝子改変されることもあります。
遺伝子組み換え作物を栽培するためには、先進国の特定の化学メーカーから種子を購入する必要があります。
そのため、遺伝子組換え作物が普及すると世界中の農家が特定の化学メーカーに依存する構造になります。
特に発展途上国の農家は経済的に非常に不利な立場に置かれるという問題があります。
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参考企業的農業(企業的穀物/畑作農業・企業的牧畜・プランテーション)
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参考文献
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よくある質問|遺伝子組み換えはこれまでの品種改良とどのような違いがありますか。 バイテク情報普及会 2022/11/24閲覧
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遺伝子組換え食品Q&A(平成 23 年 6 月 1 日改訂第9版) 厚生労働省医薬食品局食品安全部 2022/11/25閲覧
青いバラ (サントリーフラワーズ) ウィキペディア 2022/11/25閲覧
開発ストーリー|世界初!「青いバラ」への挑戦 サントリーグローバルイノベーションセンター サントリーホールディングス株式会社 2022/11/25閲覧
遺伝子組換え食品とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/11/24閲覧
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カルタヘナ法とは 農林水産省 2022/11/25閲覧
Food, genetically modified World Health Organization (WHO, 世界保健機関) 2022/11/25閲覧
加藤浩「遺伝子の特許適格性に関する一考察」知財ジャーナル 25-39 (2014)
遺伝子組み換え作物の事実・統計(2008年4月発行) Greenpeace 2022/11/26閲覧