系統地理 農業

酪農における乳牛の飼育と牛乳の生産(ホルスタイン種とジャージー種)

牛のミルクは牛乳として飲まれるだけではなく、チーズヨーグルトなどの発酵食品やバターのような調味料の原料にもなります。
このページでは、ミルクを得るために飼育される牛(乳牛)に着目して飼育方法や品種などを紹介します。

乳牛に限らない家畜としての牛(ウシ)全体についてはこちらのページで解説しています。

ホイットルセーの農業地域区分自給的農業商業的農業(酪農)・企業的農業
【家畜:(乳用種・肉用種)・水牛/ヤクヤギアルパカ/リャマラクダトナカイニワトリ

乳牛とは

酪農における牛の放牧風景(オランダ東部・オーファーアイセル州)。オランダ~ドイツ北部にかけての地域は作物栽培にはやや寒冷な気候であり、昔から乳牛を飼育して乳製品を生産する酪農が営まれてきた。出典:Wikimedia Commons, CC0, 2024/3/12閲覧

乳牛とは、メス牛の乳をしぼって牛乳を得る目的で飼育されているウシ(牛)のことです。
牛の品種に関わらずミルクを得る目的で飼われている牛は乳牛です。

現代では乳の出る量が多くなる様に品種改良された品種を使うため、事実上乳牛=乳牛用の品種となっています。
ただし、乳牛用の品種であっても、オス牛や乳が出なくなったメス牛は肉牛用に育てられることもあります。

農業の形態(遊牧と酪農)

遊牧民に飼われている牛(ナイジェリア北東部・マンビラ高原)。遊牧民に飼われている牛の後ろに移動式の住居が見える。遊牧では羊やヤギなどの他の家畜と一緒に牛が飼育され、その乳や肉は遊牧民にとって重要な栄養源である。出典:Wikimedia Commons, ©Dotun55, CC BY-SA 4.0, 2023/9/14閲覧

牛を飼育してミルクを利用している農業形態として、遊牧酪農があります。

遊牧ではヤギなどの他の家畜と一緒に連れ立って移動しながら飼育します。
遊牧では得られたミルクを主に自家消費目的で利用する飼育形態です(自給的農業)。
遊牧は主に乾燥帯で行われ、牛の飼育はモンゴルなどで行われています。

一方、酪農では定住地に牛舎を建設し、牛をその中で飼育します。
牛舎の外には牧草が生える草原を用意し、牛を定期的に放牧して運動させたり、牧草を食べさせます。
酪農は牛乳を販売する目的で牛だけを数十頭単位で飼育する商業的農業とよばれる形態です。
酪農で生産された牛乳や乳製品は近隣の大都市に運ばれて消費されます。

酪農は温帯亜寒帯(冷帯)にかけての比較的涼しい気候の地域で行われます。
肉牛の場合は太らせるためにカロリーの高いエサ(濃厚飼料)がたくさん必要となるため、トウモロコシ大豆が栽培できる温暖な地域で混合農業(飼料作物の栽培+肉牛の飼育)の形で牛の飼育が行われます。
それに対し、酪農で飼育する乳牛は肉牛よりもカロリーの高いエサが少なく良いので、畑作に向かない涼しい地域でエサとなる牧草(アルファルファなどの粗飼料)の栽培と乳牛の飼育を行います。

牛乳や乳製品の消費量が多いのはヨーロッパ系の人々です。
そのため、ヨーロッパ系の人々が多く住む涼しい地域で酪農が行われます。
具体的な地域としては、西ヨーロッパの北海沿岸(オランダ~ドイツ北部~デンマーク)、アメリカの五大湖周辺(中西部~北東部)、オーストラリア南東部、ニュージーランドなどです。
日本では北海道(特に冷涼な道東地方の根釧台地)で酪農が盛んに行われています。

酪農が営まれる牧場の遠景(米国中西部・ウィスコンシン州西部)。温帯の中でも作物栽培には寒冷な地域では、牧草地にて牛を飼育する酪農が営まれてきた。中央にはサイロ(牧草を保管する細長い建物)が立地し、右側や奥には牛舎が見える。出典:Wikimedia Commons, CC0, 2024/3/12閲覧

 

乳牛の飼育~牛乳の生産・加工

牛舎でつなぎ飼いされている乳牛(日本)。スタンチョンとよばれる鉄製の細長い首輪が牛につけられている。固定されているため牛は数歩しか動くことができない。日本では牛乳の成分を一定に保つためにつなぎ飼いが普及しているが、欧米では動物福祉の観点からつなぎ飼いは規制されてはじめている。出典:Wikimedia Commons, ©春桜咲く, CC BY-SA 4.0, 2023/9/9閲覧

牛乳の生産の多くは酪農とよばれる定住型の農業形態で行われています(他には遊牧があります)。
酪農では、乳牛を牛舎で飼育し(舎飼い)、時々牛舎のそばの草原に牛を放牧して運動させます。

牛舎内ではスタンチョンという鉄製の細長い首輪が牛につけられて固定されます(上の画像参照)。
スタンチョンで固定されているため、牛は数歩しか動くことができません。
牛を同じ場所に固定することで、全ての牛の健康状態を効率的に確認することができるため、少ない人数で多くの牛を効率的に飼育することができます。

しかし、このような飼育形態は狭い場所に牛を閉じ込めて苦痛を与えている側面が指摘・問題視されており、近年では欧米各国でつなぎ飼いに対する規制が行われはじめています。
そのため、欧米では牛を自由に行動させる放し飼い形態が増えています。

牛舎で放し飼いされている乳牛(ロシア東部・極東地方・サハリン州(樺太))。近年では欧米を中心に動物福祉の観点から牛を牛舎内でも放し飼いにする場合が増えている。出典:Wikimedia Commons, ©ロシア極東開発省, 2023/9/9閲覧

乳牛の一生と搾乳

ロータリーパーラーの上で搾乳される乳牛(ドイツ東部・ザクセン州)。回転台の上に牛を乗せ、搾乳機を牛の乳につけて自動的に搾乳しながら回転している。作業者の移動距離が短くなるようにこのような構造になっている。出典:Wikimedia Commons, ©unnar Richter Namenlos.net, CC BY-SA 3.0, 2023/9/9閲覧

メス牛から乳を得るためには、メス牛が出産後である必要があります。
そのため、生後1年と2-4ヶ月ほどで人工授精を行い、その9ヶ月後に出産します。
出産後は300日ほど乳が出るため、常に乳を生産できるように出産後2ヶ月ほどで次の人工授精が行われます。

メス牛の乳房をしぼって乳を得ることを搾乳(さくにゅう)といいます。
先進国の搾乳は機械化されており、1日に2-3回ほど搾乳機を牛の乳房につけて1回あたり5-7分間搾乳を行います。

ミルクが出る量のピークは3-4回目の出産後です。
乳量が十分に出なくなったメス牛は乳廃牛とよばれ、食肉用として処分されます(生後5-6年)。

牛乳の生産と消費

搾乳により得られた生のミルクを生乳(せいにゅう)といいます。
生乳は殺菌処理されてから牛乳として飲用されます。

牛乳は腐敗しやすい食品です。
保存手段や輸送手段が限られていた歴史の長い間、牛乳を飲めるのは牛を飼っている農家に限られていました。
そのため、生乳を長期保存できるように、チーズヨーグルトのような発酵食品に加工したり、脂肪分のみを取り出してバターにするなどの長期保存できるような工夫をして利用されてきました。
19世紀後半に牛乳の風味を落とさずに殺菌できる方法が開発されて以降、牛乳をそのまま飲む習慣も広く普及していきました。

スーパーマーケットの店頭に並ぶ様々な牛乳や乳飲料(日本・青森県)。地理的に近接した北海道で生産された商品の割合が多い。この理由は2つあり、①牛乳が水分を多く含む重量物であり輸送費が高いため、②牛乳が腐敗しやすく消費期限が短い食品であることからできるだけ輸送距離・時間を減らそうとしている。出典:Wikimedia Commons, ©Herry Lawford from Stockbridge, UK, CC BY 2.0, 2023/9/12閲覧

現代では自動車の普及により輸送手段が確立され、殺菌方法や冷蔵手段の技術も発展したため、牛乳や乳製品は欧米を中心に広く流通しています。

しかし、牛乳の消費期限は短いため、生産地から地理的に近接した地域で販売される傾向にあります。
たとえば、青森県で撮影されたスーパーマーケットの牛乳売り場の写真(上の画像参照)では、地理的に近接した北海道の名前を冠した商品が目立ちます。
この理由として、北海道が牛乳の一大産地であることも要因の一つです。
しかし、それに加えて以下の2つの理由から地理的に近接した産地の牛乳・乳製品が販売される傾向にあります。
①牛乳は水分を多く含む重量物であり輸送費が高いため
②牛乳は腐敗しやすい食品であり消費期限が短いため

消費期限が短い牛乳の生産量は周辺人口に大きく影響されます。
西ヨーロッパのように周辺人口が多い地域では、牛乳が盛んに生産されます(乳製品も生産されます)。
一方、ニュージーランドのように周辺人口が少ない地域では、得られた生乳の大部分が乳製品(主に粉ミルク(全粉乳))に加工されて遠隔地に輸出されます。

乳牛の品種

乳牛はミルクを得るために飼育される牛であり、用途による分類です。
しかし、現代の先進国で乳牛として飼育されるのは乳牛用に品種改良された専用の品種です。

ここでは、乳牛用に品種改良された品種としてホルスタイン種とジャージー種を紹介します。

ホルスタイン種

乳牛として飼育されるホルスタイン種。ホルスタイン種は品種改良によって乳量が多くなるように改良された品種である。乳牛として最も広く普及している品種である。出典:Wikimedia Commons, Public domain, 2023/9/12閲覧

ホルスタイン種は世界で最も多く飼育されている黒と白のまだら模様をした乳牛であり、日本の乳牛の飼育頭数(134万頭)の約99%を占めます。

ライン川の河口周辺(オランダ~ドイツ西部)に生息していた在来種が家畜化され、オランダで乳牛として品種改良された品種です。
名前の由来はドイツ最北部のシュレースヴィヒ=ホルシュタイン州です。

ホルスタインはオランダ原産のため寒さに強く、品種改良の結果として乳量が非常に多いという特徴があります。
平均的な乳牛でも乳量は年間5,000kgを超え、特に多い個体では年間20,000kgを超えます(スーパカウ)。
得られる牛乳はたんぱく質や脂肪分が少なめで牛乳として飲む用途に向いています。

日本では乳牛としてのイメージが強いですが、欧米では肉牛としても飼育されています。
また、日本でもオス牛や乳が出なくなったメス牛が食肉用として処分されるため、牛肉としても流通しています。

ジャージー種

乳牛用品種であるジャージー種(英国王室属領・ジャージー島)。ホルスタインよりも小型の乳牛であり、その乳はたんぱく質や脂肪分が多く濃厚な味がするため、バターに向いている品種である。出典:Wikimedia Commons, Public domain, 2023/9/12閲覧

ジャージー種はホルスタインよりも小型で褐色の乳牛です。
その名の通り、フランス西部大西洋岸の沖合に浮かぶジャージー島(英国王室属領)が原産の品種です。

ジャージー種から得られる牛乳はジャージー乳とよびます。
ジャージー乳は脂肪分が多いため濃厚な味になり、バターの原料に向いています。
乳量は年間3,500kg程度とホルスタインよりは少ないです。

日本で飼育される牛の品種としてはホルスタインが圧倒的(飼育頭数の約99%)であり、ジャージー種は牛の飼育頭数の1%程度です。
日本国内の代表的な産地としては、岡山県北部(真庭市)の蒜山高原(ひるぜんこうげん)や熊本県北東部の小国町・南小国町などです。
これらの地域では、濃厚なジャージー乳を売りとしたバターやアイスクリームなどの乳製品を生産しています。

牛乳の生産

グラスに注がれた牛乳。牛乳は動物のミルクの中で最も消費されており、温帯~亜寒帯(冷帯)の地域では主に酪農という農業形態で生産されている。出典:Wikimedia Commons, ©Stefan Kühn, CC BY-SA 3.0, 2024/1/2閲覧

温帯~亜寒帯(冷帯)の作物栽培に向かない涼しい地域では、代わりに牧草を栽培して乳牛を飼育する酪農が盛んに行われています。
酪農が盛んで乳牛がたくさん飼育されている地域は以下の通りです。
・米国中西部の五大湖周辺(ウィスコンシン州やニューヨーク州など)~カナダ東部(オンタリオ州とケベック州)
・フランス北部~オランダ~ドイツ北部~デンマーク
・オーストラリア南東部(南部のビクトリア州~東部のニューサウスウェールズ州)
・ニュージーランド
・北海道

牛乳は消費期限が短いため、酪農で得られたミルクを牛乳にするか乳製品に加工するかは周辺人口に影響されます。
西ヨーロッパのように周辺人口が多い地域では、消費期限が短い牛乳も盛んに生産されています(乳製品にも加工される)。
一方、ニュージーランドは周辺人口が少ないため、遠隔地に輸出するために乳の大部分は乳製品(主に粉ミルク(全粉乳))に加工されて輸出されます。

統計

牛乳の生産量(2017年)。出典:データブックオブ・ザ・ワールド2020年版 p67 二宮書店

上の表は、牛乳の生産量上位の国です。
牛乳は消費期限が短いため、人口が多い地域でたくさん生産されます。
アメリカやインド、ブラジル、ロシア、中国はいずれも人口が多い国です。
ドイツは人口8000万人と他の国よりは少ないですが、国内だけではなく周辺のヨーロッパ諸国で牛乳を売れるため、牛乳の生産量が多いです。
酪農が盛んな温帯~亜寒帯(冷帯)の涼しい地域が生産量上位です。

インドでは、牛を神聖視するヒンドゥー教徒が多いため、牛を殺さずに得られる牛乳の生産量は多いです。
インドでは牛の飼育頭数も多いですが、牛を殺す必要がある牛肉の生産量は上位には来ません。

牛乳は消費期限が短いため、国内または近隣国で消費されます(そのため貿易については掲載していません)。
これは、冷凍保存されて世界中に輸出される牛肉とは対照的です。

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参考文献

乳牛 ウィキペディア 2023/9/9閲覧
ウシ(うし)とは? コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2023/9/8閲覧
地理用語研究会編「地理用語集第2版A・B共用」山川出版社(2019)
【まめ知識】乳牛のこと知っていますか?(2017/3/1) 農畜産業振興機構 2023/9/9閲覧
3 モンゴルの牧畜業 平成22年度自由貿易協定等情報調査分析検討事業 モンゴルにおける農林水産業と農林水産政策等の調査・分析 プロマーコンサルティング 農林水産省 2023/9/13閲覧
ホルスタイン ウィキペディア 2023/9/12閲覧
ミルキングパーラー ウィキペディア 2023/9/9閲覧
乳搾り ウィキペディア 2023/9/9閲覧
Milking, Wikipedia 2023/9/9閲覧
牛乳 ウィキペディア 2023/9/9閲覧
ジャージー種 ウィキペディア 2023/9/12閲覧
統合が進む米国酪農産業と乳価制度改革 独立行政法人 農畜産業振興機構 2023/9/16閲覧
中野 貴史、上田 泰史「カナダの酪農事情~牛乳乳製品の消費動向・消費拡大策を中心に~」 月報「畜産の情報」(2010年11月) 2023/9/16閲覧
オーストラリアの酪農生産と水資源 独立行政法人 農畜産業振興機構 2023/9/16閲覧
【レポート】ニュージーランドの酪農事情 独立行政法人 農畜産業振興機構 2023/9/16閲覧
ニュージーランドの酪農事情 独立行政法人 農畜産業振興機構 2023/9/16閲覧
データブックオブ・ザ・ワールド2020年版 二宮書店

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