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家畜としての牛(乳牛と肉牛・牧畜の形態)

牛(ウシ)は世界各地で飼育される家畜で、牛乳や牛肉、牛革などを生産するために飼育される家畜です。
このページでは、家畜としての牛の概要についてまとめます。

乳牛肉牛の詳細については、それぞれのページを参照して下さい。

【家畜:牛(乳用種肉用種)・水牛/ヤクヤギアルパカ/リャマラクダトナカイニワトリ

動物としてのウシ(牛)

標高1,500mの高原の斜面にたたずむ牛(スイス中央部・ベルン州)。居場所を把握できるように首にカウベル(音がなる鈴)をつけていることから野生ではなく家畜の牛だとわかる。スイスでは冷涼な気候を活かして牧畜が行われている。出典:Wikimedia Commons, ©Kim Hansen, CC BY-SA 3.0, 2023/9/16閲覧

ウシ(牛)はウシ科ウシ属の動物で、人類に古くから家畜として利用されてきました。
この項目では、家畜としての牛の特徴を理解する前段階として、動物としてのウシの歴史・特徴についてまとめます。

なお、ウシとヒツジ(羊)スイギュウ(水牛)ヤクなど他の家畜との比べた分布の違いについては、次のページで解説しています。

参考家畜の分布の違い

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ウシの起源(オーロックス)

家畜の牛の原種であるオーロックスの分布図。ユーラシア大陸の東西の広い範囲に分布していた。オーロックスは草原~森林地帯にかけて生息していたが、気候変動や人類の狩猟や森林伐採により個体数が減少し、17世紀に絶滅した。出典:Wikimedia Commons, ©BhagyaMani, CC BY-SA 4.0, 2023/9/8閲覧

家畜化される前のウシはオーロックス(原牛(げんぎゅう))という野生生物です。
オーロックスは草原~森林地帯に生息し、ヨーロッパ・北アフリカからアジア(インド・中国)にかけてのユーラシア大陸の広い地域に分布していました。
オーロックスは約1万年前に人類によって家畜化され、人間にとって好ましい形質(牛乳がよく出る、肉質が良い等)になるように長い歴史の中で品種改良が続けられ、現在の家畜の牛につながっています。

一方で野生のオーロックスは、気候変動や人類による狩猟、森林伐採によって個体数が減少し、1627年のポーランドの個体を最後に絶滅しました。

現代では野生化した牛がいる地域もありますが、それは家畜として長い歴史の中で品種改良されてきたウシが人間から離れて生きているだけであり、生物種としてはあくまで家畜化されたウシの仲間です(野生のウシ=オーロックスではない)。

反芻(はんすう)

ウシの反芻(はんすう)の模式図。ウシが食べた草は食道を通って第一胃(こぶぶ胃、ルーメン)に送られる。第一胃では微生物がセルロース(草の細胞)を分解し、ウシが栄養として吸収できる状態にする。次の第二胃(蜂巣胃、ハチノス)は、ポンプのように収縮して消化しづらい食物を口まで戻す。口で噛み直された食物は第三胃に送られる。第三胃(葉状胃、センマイ)では、食物をすりつぶしながら選別し、消化できるものを第四胃に送り、できないものを第二胃に戻す。第四胃(しわ胃、ギアラ)では人間の胃と同様に消化・吸収を行う。第1~3胃での反芻により、微生物の力を借りて草を消化して栄養を取り出すことができる。出典を加工して作成。出典:Wikimedia Commons, ©Dr N B Shridhar, CC BY-SA 4.0, 2023/9/30閲覧

ウシは草食動物であり、ヒツジ(羊)やヤギ(山羊)と同様に反芻(はんすう)動物です。

反芻動物とは、胃で消化した食べ物をもう一度口の中に戻してよく噛んだ後に再び飲み込む反芻(はんすう)を行う動物です。
反芻動物の胃の中には微生物が生息し、飲み込んだ草を微生物に発酵させることで草(セルロース)からエネルギーを取り出します。

このため、ウシは人間の栄養にならない草を食べて生きることができます。
ウシを飼育しても人間とエサが競合しないため、家畜としては人間に好都合な動物です。
ただし、現代の牧畜では牛乳や肉の品質向上のために牧草(粗飼料)だけではなくトウモロコシ大豆粕などのカロリーが高いエサ(濃厚飼料)も与えられます。

家畜としての牛

オス牛に農耕器具を引かせて畑を耕している様子(インド南西部・カルナータカ州)。牛は歴史的に農耕や牛車などの使役にも歴史的に使われてきた。現代では多くの国で機械(農業機械や自動車)に置き換えられている。出典:Wikimedia Commons, ©Anand S, CC BY-SA 2.0, 2023/9/9閲覧

牛を家畜として飼育することで様々な畜産品を手に入れたり、重い荷物を運ぶなどの使役に使うことができます。
代表的な牛の畜産品としては、乳(牛乳)や肉(牛肉)、革(牛革)などがあります。
使役としては、農業で牛に牛車や農耕器具を引かせていました(現在では多くの国で農業機械に置き換え)。
ヨーロッパの三圃式農業では休閑地で牛を放牧することで牛糞が窒素などの栄養素の供給源になり、次の年の作物の栄養として使われていました。
地域は限られますが、スペインや中南米、日本などでは牛同士を戦わせる闘牛も伝統的に行われてきました。

乳牛と肉牛

牛の飼育目的として多いのは、牛乳や牛肉の生産です。
乳を得るための牛を乳牛、肉を得るための牛を肉牛といいます。
乳牛や肉牛は飼育目的による分類ですが、現代では乳牛用の品種、肉牛用の品種というように、用途ごとに最適化された品種が飼育されています。
ただし、乳牛用の品種であっても乳を出せなくなったメス牛(乳廃牛)やオス牛が肉牛として育てられることもあります。

乳牛や肉牛の詳細については、以下のページで解説しています。

参考酪農における乳牛の飼育と牛乳の生産(ホルスタイン種とジャージー種)

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参考肉牛の飼育(混合農業と企業的牧畜・肉牛の品種・和牛)

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牛の飼料(エサ)

収穫してロール状にまとめられた牧草(米国北西部・モンタナ州)。この牧草は主に牛に与えるアルファルファ(ムラサキウマゴヤシ)という牧草である。出典:Wikimedia Commons, ©Gary D Robson, CC BY-SA 3.0, 2023/8/20閲覧

牛のエサは大きく分けて粗飼料と濃厚飼料の2種類あります。

粗飼料は牧草や根菜などの栄養は少ないが繊維をたくさん含むエサです。
粗飼料はかさばるのでたくさん食べさせて量を満たします。

濃厚飼料はトウモロコシ大豆粕などのカロリーが高いエサです。
牛乳の生産したり太らせて肉の量を増やすために、濃厚飼料を与えて必要なたんぱく質やカロリーを補給します。

太らせて肉の量を増やすために濃厚飼料をたくさん食べる必要がある肉牛は、トウモロコシの栽培が盛んな温暖な地域で飼育されるます(混合農業)。
肉牛よりも濃厚飼料が少なくてよい乳牛は、冷涼のため作物栽培が難しいので代わりに牧草が栽培されている地域で飼育されます。
酪農で見られる細長い煙突状の建物(サイロ)は、家畜飼料を保管したり、刈り取った牧草を発酵させるといった用途で使われています。

牧畜の形態

牛を飼育する牧畜の形態としては、主に以下の4パターンがあります。

表 牛を飼育する農業形態(ホイットルセーの農業地域区分

農業地域区分 概要 飼育目的 栽培地(地域例)
遊牧 伝統的な移動型の牧畜形態(遊牧民) 乳、肉、使役 乾燥帯の農業に適さない草原地帯
(モンゴル)
混合農業 家畜飼料用作物の栽培と牧畜を組み合わせた農業形態 主に肉 温暖で飼料作物に適した地域
(米国のとうもろこし地帯)
酪農 主に乳製品を得る目的で行う定住型の牧畜形態 主に乳、
肉(乳廃牛)
温帯~亜寒帯(冷帯)の冷涼で農業に向かない地域
(北海道、米国やカナダの五大湖周辺、オランダ~ドイツ北部~デンマーク)
企業的牧畜 広大な土地を利用した大規模かつ労働生産性の高い(=人手がかからない)定住型の牧畜形態 主に肉 新大陸のステップ気候の地域
(米国中央部のグレートプレーンズ南部(テキサス州など)、ブラジル中西部(セラード)、アルゼンチン中部(パンパ)、オーストラリア東部の大鑽井盆地)

上記4パターンのうち、牛乳や乳製品(チーズ、バター等)は主に酪農により生産し、牛肉は企業的牧畜により生産します。
遊牧は自家消費中心の農業形態です。
現代の肉牛飼育の中心は企業的牧畜が行われている地域であり、肉牛の生産量や輸出量の統計で上位になるのも企業的牧畜が行われている地域です。

生産量と輸出入量

ここでは、牛から得られる畜産物である牛乳と牛肉の生産量・貿易についてまとめます。

牛乳の生産量(2017年)。出典:データブックオブ・ザ・ワールド2020年版 p67 二宮書店

最初の表は、牛乳の生産量上位の国です。
牛乳は消費期限が短いため、人口が多い地域でたくさん生産されます。
アメリカやインド、ブラジル、ロシア、中国はいずれも人口が多い国です。
ドイツは人口8000万人と他の国よりは少ないですが、国内だけではなく周辺のヨーロッパ諸国牛乳を売れるため、牛乳の生産量が多いです。
気候としては酪農が盛んな温帯~亜寒帯(冷帯)の涼しい地域が生産量上位です。

インドでは、牛を神聖視するヒンドゥー教徒が多いため、牛を殺さずに得られる牛乳の生産量は多いです。
インドでは牛の飼育頭数も多いですが、牛を殺す必要がある牛肉の生産量は上位には来ません。

牛乳は消費期限が短いため、国内または近隣国で消費されます(そのため貿易については掲載していません)。
これは、冷凍保存されて世界中に輸出される牛肉とは対照的です。

牛肉の生産量(2017年)。出典:データブックオブ・ザ・ワールド2020年版 p66 二宮書店

牛肉の貿易(2016年)。出典:データブックオブ・ザ・ワールド2020年版 p66 二宮書店

次に牛肉の生産量と貿易について見ていきます。
牛肉の生産量が多い国は、輸出目的の企業的牧畜が盛んな新大陸の国々(アメリカ、メキシコ、ブラジル、アルゼンチン、オーストラリア)です。
また、人口が多い中国でも生産量が多いのに対し、同じく人口が多いインドでは牛を神聖視するヒンドゥー教徒が多いため上位には現れません。

輸出国を見ると、企業的牧畜が盛んな国々が上位に来ています。

特徴的なのがインドです。
インドは国内に牛肉を食べないヒンドゥー教徒を国内に多数抱えているにも関わらず、牛肉の輸出量が上位に来ています。
これは、牛肉の貿易の統計が牛と水牛をまとめているからです。
牛(ウシ)水牛(スイギュウ)は別の生物なので、インドでも水牛は牛とは別扱いです。
このため、インドでは牛肉の生産量が少ないかわりに、水牛の肉の生産が盛んであり、その結果牛肉+水牛の肉の輸出量でも上位に来ています。

輸入量については、中国やベトナム、日本のような人口が多い東アジア周辺の国が上位に来ています。

牛の飼育頭数(2017年)。出典:データブックオブ・ザ・ワールド2020年版 p66 二宮書店

上の表は、牛の飼育頭数が上位の国の一覧です。
牛の飼育頭数は、牛肉と牛乳の生産量上位の国が集まっています。

特徴的なのはエチオピアです。
エチオピアでは北東部で牧畜が盛んなほか、農耕にも牛が利用されています。
機械化されていない自給的農業を行っているため、牛を使って畑を耕したり、荷物を運ばせています。
そのため、乳牛や肉牛に加えて牛を使役させていることから、牛の飼育頭数が世界でも上位になっています。

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参考混合農業(二圃式/三圃式農業から自給的/商業的混合農業への発展)

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参考食肉用として飼育される家畜(肉用種・養豚・養鶏など)

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参考文献

ウシ ウィキペディア 2023/9/8閲覧
ウシ(うし)とは? コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2023/9/8閲覧
Cattle, Wikipedia 2023/9/8閲覧
地理用語研究会編「地理用語集第2版A・B共用」山川出版社(2019)
Aurochs, Wikipedia 2023/9/8閲覧
【まめ知識】なぜ、牛の胃は4つもあるの? 独立行政法人 農畜産業振興機構 2023/9/30閲覧
データブックオブ・ザ・ワールド2020年版 二宮書店
Beef, Wikipedia 2023/9/15閲覧
水牛肉生産の現状と今後の見通し(インド) 独立行政法人 農畜産業振興機構 2023/9/15閲覧
「牛は神聖な動物」でも牛肉輸出大国…インドで見た畜産の本音と建前(2023/6/3) withnews 株式会社 朝日新聞社 2023/9/15閲覧
A)エチオピア 平成 27 年度途上国農業政策状況調査報告書 農林水産省 2023/9/15閲覧

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