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家畜としての馬(乗馬・馬車・蹄鉄)

ウマ(馬)は乾燥した地域を中心に飼育されている家畜です。
主に人や荷物を載せて長距離を移動できるため、主に移動手段や荷物運搬として歴史的に利用されてきました。
このページでは、家畜としてのウマの概要についてまとめます。

【家畜:乳用種肉用種)・水牛/ヤクヤギアルパカ/リャマラクダトナカイニワトリ

ウマの特徴

乾燥した草原にたたずむウマ(馬)(ロシア・シベリア南部アルタイ共和国のチュヤ草原)。ウマは乾燥した草原に適応した動物であり、長距離の移動や荷物運搬に古くから使われてきた家畜である。出典:Wikimedia Commons, ©Alexandr frolov, CC BY-SA 4.0, 2023/12/1閲覧

ウマ(馬)ユーラシア大陸中央部の草原地帯を中心に生息する動物です。
野生のウマは乾燥した草原で十分なエサを求めて1日で最大80 kmも移動します。
主に草を食べる草食動物であるため人間とエサが競合せず、人や荷物を載せて長距離を移動できるため、主に移動・輸送手段として使われてきた家畜です。

ウシ(牛)ヒツジ(羊)とは異なり反芻動物ではないため、草からエネルギーを取り出す効率は悪いです。
その代わりに寒冷地に適応しているため、ウシやヒツジよりも生息域が寒冷地側に広がります。

家畜として飼育する際のエサとしては、遊牧の場合は滞在地の草を食べさせていました。
一方、ヨーロッパの農耕民は馬にエサとしてエンバク(燕麦)を与えていました。
エンバクは主に馬の飼料用として栽培される作物であり、近代以降の鉄道や自動車の普及により移動手段としての馬の利用が衰退するに合わせて生産量が減少しています。

家畜としての馬

遊牧の風景(モンゴル北部フブスグル県)。遊牧民は馬を乗りこなしながら家畜を放牧・誘導している。出典:Wikimedia Commons,©Arabsalam, CC BY-SA 4.0, 2022/10/10閲覧

ここからは家畜としてのウマの利用と畜産物について紹介します。

ウマの家畜化は紀元前2000年頃に現在のウクライナ~ロシア南部ではじめらました。
初期のウマは小型で乗馬に適していないため、荷物運搬用に使われました。
その後に長い歴史の中で品種改良が続けられ、人間が乗馬して移動する用途で使われるようになりました。
現在の競馬で見られるサラブレッドのような大型の競走馬は品種改良の結果生まれた品種であり、元々のウマは小型のポニーのように小柄でした。
また、家畜としてのウマの用途も広がり、農作業での使役や軍馬としても使われるようになりました。

ユーラシア大陸の遊牧民が家畜の放牧時に乗馬して家畜を誘導したり、移動手段としても利用されています。
一方でヨーロッパを中心に非遊牧民も馬に荷車(馬車)を引かせて移動手段として利用されていました。

移動手段としての馬

乗馬するカウボーイ(米国北西部・ダコタ準州(現サウスダコタ州)、1887年)。畜産業に従事する牧場労働者であるカウボーイにとって乗馬は仕事に必須の技術である。出典:Wikimedia Commons, Public domain, 2023/12/2閲覧

初期のウマは肉や乳などの畜産物を得る目的で飼育されていたと考えられています。
やがて遊牧民が馬の背中に乗って馬をコントロールしようとする試みが行われました。
長い歴史の中で品種改良や乗馬に必要な様々な技術(あぶみや去勢など)が発明され、馬を移動手段として活用できるようになりました。
馬は陸上で高速で移動できるため、戦闘などの軍事目的でも利用されるようになりました(軍馬)。
軍馬は第一次世界大戦(1914-1918)の頃まで利用されていましたが、重火器の発達や自動車・航空機の発明・普及により急速に衰退していきました。
現在では純粋な移動手段としてはほとんど利用されておらず、先進国では興行目的(競馬)やスポーツ(馬術や近代五種)などでの乗馬が多くなっています。

馬車

馬車による荷物の運搬(ハンガリー)。車輪を付けた馬車をウマに引かせることで荷物運搬や移動手段として歴史的に利用されてきた。近代に鉄道や自動車が発明・普及したことで馬車の利用は衰退していった。出典:Wikimedia Commons, ©zause01, CC BY 3.0, 2023/12/1閲覧

馬は背中に人や荷物を載せて移動できるため、古くから荷物運搬に使われてきました。
しかし、馬の背中に載せられる荷物量には限りがあるため、より多くの荷物を運ぶために車輪をつけた荷車をウマに引かせる馬車が発明され、平地での荷物の運搬に使われるようになりました。
ヨーロッパでは平坦な地形が広がるため、中世から馬車が交通機関として発達し、馬に引かせた荷車に人を載せて移動手段として利用されるようになりました。
17世紀には現在のバスにあたる乗合馬車(バス)や現在のタクシーにあたる辻馬車が出現しました。
19世紀になると馬車の乗り心地をかいぜんするために2本の鉄のレールを道路に敷いてその上を馬車を走らせるようになりました。
このような形態の鉄道を馬車鉄道とよび、蒸気機関車登場以前の初期の鉄道は馬車鉄道でした。
以上のように馬車は広く利用されていましたが、蒸気機関車や自動車が発明・普及すると取って代わられるようになりました。
現在では、伝統行事などの儀礼的な用途や観光目的などが中心になっています。

参考

蹄鉄(ていてつ)
ウマは本来、ステップ気候のような乾燥した気候に適応した動物で、乾燥した草原を一日数十km移動しながら生きる動物です。
そのため、同じ場所に定住することや湿潤な気候は苦手です。

ステップ気候のような地域では人口密度が低く農業を行わず移動しながら生活する遊牧民が馬を飼育します。
しかし、日本やヨーロッパのような湿潤な気候では人口密度も高く農業を行う定住民が多数派であり、馬の飼育も馬小屋(厩、うまや)での密集させた飼育形態になります。
馬小屋でウマを飼育すると、湿潤な環境に加えて不十分な運動量、尿に含まれるアンモニアなどの影響でヒヅメが弱くなります。
そのため、ウマのヒヅメを保護する目的でウマの足に蹄鉄(ていてつ)と呼ばれる金属製のU字状の保護具をつけるようになりました。
蹄鉄技術が発達したことで湿潤な気候の地域でもウマを馬小屋で飼育できるようになりました。

馬の右前脚を股で挟み、馬の足の裏(ヒヅメ)に蹄鉄(ていてつ)を装着させる様子。馬のヒヅメは湿潤な気候や馬小屋での定住に向いていないため、ヒヅメを保護するために蹄鉄とよばれる金属製の器具を装着する。蹄鉄はヒヅメに釘を打って固定するが、馬のヒヅメには神経が通っていないので通常では痛みを感じない。馬に蹄鉄を装着させる専門の技術者を装蹄師(そうていし)とよぶ。出典:Wikimedia Commons, Public domain, 2023/12/2閲覧

馬の畜産物

ボトル詰めされた市販の馬乳(クミス)を注いだグラス。馬乳は馬の遊牧が普及しているモンゴルやカザフスタンでよく利用されている。出典:Wikimedia Commons, Public domain, 2023/12/2閲覧

馬は主に移動や荷物運搬に利用されますが、同時に畜産物を得ることもできます。
代表的な馬の畜産物は馬肉馬乳です。
馬肉は桜肉ともよばれ、ヨーロッパの一部やカザフスタン、モンゴルなど馬が家畜として普及していた地域を中心に食べられています。
馬の乳をしぼって得られた馬乳は、モンゴルやカザフスタンでよく利用されています。
モンゴルやカザフスタンでは、馬が出産を終えた夏頃に搾乳した馬乳を発酵させて馬乳酒(アイラグ、クミス)を作ります。

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参考ライ麦(ライムギ)・燕麦(エンバク)・大麦(オオムギ)

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参考文献

ウマ ウィキペディア 2023/12/1閲覧
Horse, Wikipedia 2023/12/1閲覧
ウマ(うま)とは? コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2023/12/1閲覧
エンバク ウィキペディア 2023/1/22閲覧
エンバク(えんばく)とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2023/1/22閲覧
馬と人の歴史 株式会社バイオーム(2021/11/10) 2023/12/1閲覧
Domestication of the horse, Wikipedia 2023/12/2閲覧
乗馬 ウィキペディア 2023/12/2閲覧
馬車(ばしゃ)とは? コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2023/12/1閲覧
乗合馬車 ウィキペディア 2023/12/1閲覧
辻馬車 ウィキペディア 2023/12/1閲覧
Horseshoe, Wikipedia 2023/12/1閲覧
馬車鉄道 ウィキペディア 2023/12/16閲覧
小宮山 博「モンゴル国における馬からの産物」日本とモンゴル 54(1・2), p34-39 (2020)
馬肉 ウィキペディア 2023/12/2閲覧
馬乳 ウィキペディア 2023/12/2閲覧

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