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農産物の世界的な流通とアグリビジネス(フードシステム・穀物メジャー)

今日では各地で生産された農産物は国境を越えて、世界中に流通します。
このような国際的な農産物の流通は多くの企業によって支えられています。
このページでは、世界的な農産物の流通における農業関連企業の役割について見ていきます。

アグリビジネスとフードシステム(食料供給体系)

青果店の店頭に並ぶ様々な野菜・果物(中国北部・北京)。今日では世界各地で生産された農産物は国際的に流通し、小売店を通して消費者の元へ届く。出典:Wikimedia Commons, ©朕邦萬広, CC BY-SA 3.0, 2022/12/5閲覧

現代の先進国の食卓に並ぶ食べ物は、世界各地で作られた農産物が加工・輸送されて消費者の元へ届きます。
自給自足の農業形態と比較すると、現代の農業は農地で生産してから消費者に食べられるまでの間に多くのステップを挟みます。
農産物は農家によって生産され、運送業者によって輸送され、食品工場で加工されてからスーパーマーケットなどの小売店の店頭に並び、消費者の手元に届きます。
このような農産物の生産・加工・流通・消費に至る食料供給体制をフードシステムといいます。

世界的なフードシステムのおかげで小売店に行くだけでいつでも食品を購入することができます。
北半球が冬の時期でも南半球から農産物を輸入したり特定の産地が不作でも他の地域から輸入するなど、常に食品を入手するための工夫が行わています。

このような世界的なフードシステムの裏には多くの農業関連企業が関わっています。
化学肥料や農薬は化学メーカーから購入し、出荷した小麦は穀物メジャーとよばれる商社によって世界各地に流通します。
出荷された農産物の一部は食品工場で加工されてから加工食品として小売店に並び、消費者の元へ届きます。

農産物の加工・流通などの各ステップは多くの企業によって分業され、それぞれがビジネスとして成り立っています。
これらの農業関連産業を総称してアグリビジネスといいます。

現代の食卓を支える世界規模のフードシステムは多くのアグリビジネスによって支えられています。

農業の国際化とアグリビジネス

パッケージ化された乾燥バナナ(タイ北部)。輸出の際には大容量の農産物を1ロット(1単位)としてまとめて取引する。出典:Wikimedia Commons, ©Kborland, CC BY-SA 3.0, 2022/12/5閲覧

現代の世界的なフードシステム(食料供給体系)には多くの農業関連産業(アグリビジネス)が関わっています。
農業関連企業は企業的農業にによる大規模栽培が行わているアメリカ合衆国で特に発展し、世界規模でアグリビジネスを展開している企業も少なくありません。
ここからは企業的農業の発展と国際的な農産物の流通についてアグリビジネスの観点でみていきます。

企業的農業の発展と国際的な農産物の流通

ミシシッピ川沿いに立地するターミナルエレベーターと穀物を積み込む貨物船(米国中西部・イリノイ州西部のイースト・セントルイス、ミシシッピ川対岸で西側のミズーリ州セントルイスから撮影)。穀物メジャーのカーギルの施設である。米国では収穫した農産物を集積して船で運ぶために大河川沿いにターミナルエレベーターとよばれる穀物保管庫が立地している。出典:Wikimedia Commons, ©Kelly Martin, CC BY-SA 3.0, 2024/2/25閲覧

企業的農業では人口が希薄な地域で単一の作物を大規模に栽培します。
作物の生産量は地域に必要な量よりも圧倒的に多く、世界中に輸出されます。
特に、小麦大豆トウモロコシは食料や食品加工用として世界中で需要があるため世界中に輸出されます。

企業的農業では栽培に適した気候・土壌をもつ地域で効率的に大規模栽培され、安価に大量生産できるため価格競争力があります。
そのため、これらの作物を取引する国際的な商品市場が形成され、特定の地域で栽培された作物が世界中に輸出されるようになりました。

世界中に輸出するためには多くの農家が生産した同じ作物を1箇所に集めてまとめて運搬する必要があります。
そこで、農家が生産した穀物の集荷・貯蔵・運搬・販売を世界規模で行う穀物の専門商社が栽培地であるアメリカで発展しました。

現在では少数の専門商社がトウモロコシや大豆などの世界での流通量の7-8割に関与し、世界の穀物流通に大きな影響を与えています。
このため、世界の穀物流通の大半に関与する巨大な専門商社を穀物メジャーとよびます。
穀物メジャーとよばれる企業としてはカーギルやADM(アーチャー・ダニエルズ・ミッドランド)、ブンゲなどがあり、いずれもアメリカの企業です。
現在では穀物メジャー各社は綿花や砂糖など様々な農産物の流通に関与し、必ずしも穀物だけを取り扱っているわけではありません。
穀物メジャーは世界の農産物の国際価格に大きな影響を与える一方、各国の需要と供給のバランスを調整することで年間通して食料を安定供給する役割も担っています。

参考

穀物メジャーが世界規模に発展したきっかけ
1972年に世界的な凶作による食糧危機が発生し、ソ連はアメリカの穀物商社を通してトウモロコシ625万トン・コムギ500万トンをはじめとする穀物の大量買い付けを行いました。
これ以来、アメリカは食料生産の重要性を認識し、穀物は核兵器や石油に続く「第三の戦略物資」とよばれるようになります。
元々アメリカは国内で消費しきれない穀物を処分する目的で輸出していました。
しかし、この一件以降、世界の食料市場を握ることで世界中に米国の影響力を及ぼす戦略的な行動に変わりました。
それに伴って穀物専門商社のビジネスの規模も大きくなり、世界の食料供給を少数の企業が支配する現在の状況ができあがり、これら巨大な穀物専門商社は穀物メジャーとよばれるようになりました。

穀物メジャーの関与が小さい農産物

穀物メジャーは世界の農産物の流通に大きな影響を与えますが、全ての農産物の流通に穀物メジャーが関与するわけではありません。
むしろ、種類でいえば穀物メジャーが関わる農産物の種類は限られます。

穀物メジャーが関与する農産物は、世界中で消費されるが、価格競争力がある栽培地が限られる作物です。
小麦トウモロコシなどの穀物類や、綿花砂糖コーヒーなどのプランテーション作物が代表的です。

一方で栽培地域と消費される地域が近い農産物は国際的な商品市場が小規模に留まり、穀物メジャーの関与も少なくなります。
たとえば、野菜や米やライ麦などは栽培される地域と消費される地域が一致するため遠く離れた外国へ輸出入する需要がそこまで大きくありません。
これらの作物の輸出入は小規模な上に近隣諸国間の輸出入の割合が高くなります。
このため、穀物メジャーのような国境をまたぐ大規模な専門商社が関与する比率は小さくなります。

企業活動の農業生産への影響

農業関連企業はときに地域の農業のあり方に大きな影響を与えます。
ここでは一例として、1980年代の加工用トマトの国内生産削減の事例について紹介します。

事例:1980年代の加工用トマトの国内生産の大幅削減

農家からトマトを購入する原料調達(ケッチャップなど食品加工用)の大部分は、大手3社(カゴメ、日本デルモンテ、ナガノトマト)によって行われます。
特にカゴメは1980年当時の国内の原料調達市場の全体の51.8%を占め、上位3社合計で86.2%を占めていました(カゴメに次いで日本デルモンテ24.2%、ナガノトマト10.2%)。
このような大企業集中型のトマト市場では特定の企業の動向が地域の農業生産に大きな影響を与えます。

トマトは元々東海地方を中心に栽培されていましたが、1955年以降に全国に広まり、東北などで盛んに栽培されるようになりました。
しかし、1980年代に輸入トマトの自由化がおきると国産トマトを購入していた食品企業は海外の安価なトマトを購入するようになりました。
このため、トマトの生産量を減らさないと大量のトマトが余ってしまいます
そこで、カゴメなどの原料調達企業が主導する形で国内各地域のトマト栽培の縮小が行われました。
この際、生産縮小は全国一律ではなく特定の産地(北東北など)からの撤退という形で行われました。
北東北から撤退したのは、本州の北端に位置して工場から極端に遠く輸送費が高いためです。

また、栽培品種の違いも影響しました。
トマトの輸入が自由化されても新鮮なトマトが必要なトマトジュースは引き続き国産トマトの需要が残っていました。
トマトジュース用のトマトは長野などの標高が高い地域で集中的に栽培されていたため、生産縮小の影響は他県よりも小さく、引き続き産地として生き残っています。

このように、地域の農業の動向にも農業関連企業が大きく関わっています。

同じトマトでも用途によって産地が違うというのは海外からの輸入にも当てはまります。
一例として、カゴメのトマト輸入先と用途についてふれます。
缶詰用には長型種トマト(サンマルツァーノ種)の一大産地があるイタリア南部から輸入しています。
一方トマトジュース用にはアミノ酸成分が低いスペイン・ポルトガル産のトマトを輸入しています。
また、北半球でトマトを収穫できない冬用には南半球のチリから輸入しています。
このように同じトマトでも目的に応じて輸入先を使い分けています。

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参考文献

地理用語研究会編「地理用語集第2版A・B共用」山川出版社(2019)
アグリビジネスとは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ)、ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 2022/11/29閲覧
穀物メジャー ウィキペディア 2022/12/5閲覧
穀物メジャーと農産物貿易(久野秀二) 京都大学大学院経済学研究科・経済学部 2022/12/5閲覧
後藤拓也「アグリビジネスの地理学」古今書院(2013)
後藤拓也「トマト加工企業による原料調達の国際化ーカゴメ株式会社を事例にー」地理学評論 75(7) 457-478 (2002)

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