羊(ヒツジ)は乾燥した地域を中心に世界各地で飼育される家畜で、羊毛や羊肉などを生産するために飼育される家畜です。
このページでは、家畜としての羊の概要についてまとめます。
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目次
動物としてのヒツジ
ヒツジ(羊)はウシ科ヤギ亜科ヒツジ属の動物で、人類に古くから家畜として利用されてきました。
この項目では、家畜としての羊の特徴を理解する前段階として、動物としてのヒツジの歴史と特徴についてまとめます。
ヒツジの起源(ムフロン)と分布
ヒツジは人為的に品種改良されて生まれた動物であり、野生種は生息していません。
現在家畜として飼育されているヒツジは、ムフロンという動物が家畜化されたものと考えられています。
ムフロンはトルコ東部~中央アジアにかけて生息している動物です。
ムフロンが家畜化されて羊として飼育されるようになったのは古代メソポタミアで、紀元前6000年頃には毛や脂肪を得るために飼われていたようです。
ヒツジはヤギと同様に乾燥に強い動物であり、塩分濃度が高い水を飲むことができるため、ステップ気候などの乾燥した地域でも飼育されます。
また、毛用種を中心にもこもことした毛皮(羊毛)をもつため、寒さにも強いという特徴があります。
ウシ(牛)と比較すると乾燥に強く暑さに弱いため、オーストラリアでは気温が低い南東部では肉牛と羊が飼育されるのに対し、気温が高い北東部では肉牛のみが飼育されます。
これは、ウシが元々温帯の森林地帯に生息していた動物(オーロックス)であるのに対し、ヒツジの原種となるムフロンは乾燥した地域に生息しており、乾燥した気候に元から適応しているためです。
以上のような特徴のため、モンゴルや中央アジアなど乾燥した地域の遊牧で飼育されたり、オーストラリアの乾燥した地域で企業的牧畜による大規模牧畜で飼育されます。
牛と羊や羊とヤギの分布の比較についてはリンク先のページで解説しています。
反芻動物
ウシ科の動物であるヒツジはウシやヤギと同じ反芻(はんすう)動物です。
反芻とは、一度胃で消化した草を口の中に戻し、よく噛んだ後に再び飲みこむことで草を消化しやすくする行為です。
反芻動物の胃の中には草(セルロース)を分解してエネルギーを取り出すことができる微生物がいるため、人間がエネルギーとして利用できない草を食べて生きることができます。
草を食べるヒツジは人間と食べ物が競合しないため、家畜として好都合な動物です。
ただし、現代の牧畜では飼育目的に応じて穀物が与えられることがあります。
参考:ウシの反芻(模式図あり)
ヒツジの生態
ヒツジは温厚で臆病(おくびょう)な動物であり、オオカミなどの捕食者から身を守るために常に集団(群れ)で行動しようとする動物です。
そのため、群れから引き離されると強いストレスを感じます。
また、集団でいるときは先頭の個体についていく性質があり、たまたま先頭にいた羊が前へ進むと群れ全体が同じ方向に進んでいきます。
家畜としてヒツジを飼育する際にはこのような性質を利用して、人間が調教した犬(牧羊犬)が群れを先導したり追い立てることで群れをコントロールします。
以上のようなヒツジの動物としての性質は、人間がヒツジを家畜として利用するのに非常に好都合です。
このため、ヒツジは家畜として紀元前6000年以前から利用されてきました。
家畜としての羊
ここからは、家畜としての羊の特徴について解説します。
はじめに羊の品種に付いて紹介し、次に羊から得られる畜産物について紹介します。
羊の品種
家畜として飼育される羊からは、羊毛や羊肉などの様々な畜産物が得られます。
羊の牧畜の形態として大きく分けると、遊牧と企業的牧畜の2つの形態があります。
遊牧のような自給的農業では同じ羊から様々な畜産物を得るのに対し、現代の企業的牧畜では用途ごとに最適化された品種を飼育します。
以下では、品種改良によって生まれた代表的な品種を取り上げます。
毛用種
羊毛を得るために最適化された品種を毛用種(もうようしゅ)といいます。
毛用種は毛が長く伸び、縮れ毛なのでもこもこした見た目です。
毛が途中で抜けないように品種改良されているため、人間が定期的に刈り取る必要があります。
毛が多いため寒さに強い一方、暑さには弱いです。
代表的な毛用種にスペイン原産のメリノ種があります。
メリノ種は世界中で飼育されている羊で、やわらかくてさわり心地のよい羊毛は衣類用の動物繊維として使われています。
世界で生産される羊毛の約40%がメリノ種です。
代表的な生産地はオーストラリアで、オーストラリアの羊毛の75%がメリノ種です。
他にもヨーロッパや南北アメリカ大陸など世界各地で飼育されています。
肉用種
羊肉(ラムやマトン)を得るために最適化された品種を肉用種といいます。
羊毛を採取しないため、一般的な羊のイメージの見た目(もこもこした分厚い毛で覆われた外観)からかけ離れた品種もいます。
代表的な品種にサフォーク種(英国・イングランド東部のサフォーク州原産)があり、北海道ではジンギスカン用のラム肉生産目的で飼育されています。
毛肉兼用種
羊肉と羊毛の両方が得られるように品種改良された品種を毛肉兼用種といいます。
毛肉兼用種は1匹の羊から羊毛と羊肉の両方を生産できます。
代表的な品種に、コリデール種(ニュージーランド原産)やロムニー種(英国・イングランド東部ケント州原産)があります。
コリデール種は山地から平原まで様々な環境に広く適応した品種であるため南米のチリやアルゼンチンなどで広く飼育されています。
コリデール種の羊毛は毛布や敷物などの原料に使われます。
ロムニー種は肉用種として紹介されることもありますが、羊毛もカーペットの原料として使われます。
ニュージーランドではロムニー種の羊が約半数を占め、羊肉や羊毛が生産されています。
西隣のオーストラリアでは羊毛の75%がメリノ種であり、羊毛が衣料原料として使われるのと対照的です。
羊の畜産物
ここでは、羊から取れる代表的な畜産物として、羊毛、羊肉、羊乳(ようにゅう)について順紹介します。
羊毛
羊毛は羊の体毛であり、弾力があり吸水力や保湿性の高い繊維原料です。
品種改良された羊の体毛は抜けないため、人間が定期的に刈り取る必要があります。
刈り取った羊毛を原料として作られた動物繊維をウールといいます。
羊毛は品種ごとに様々な用途があり、毛用種であるメリノ種の羊毛は人間が着る衣類の繊維原料になります。
一方、毛肉兼用種のロムニー種の羊毛はカーペット用、コリデール種の羊毛は毛布や敷物の原料に使われます
主な生産国は、オーストラリア、ニュージーランド、中国です。
羊肉
羊肉は羊を屠殺(とさつ)して得られる食肉です。
生後1年未満の羊(肉)をラムといい、1年以降の羊(肉)をマトンとよびます。
羊肉は主に地中海周辺~アフリカ・中東~インドや中国で食べられています。
中東ではイスラム教の影響で豚肉を食べないことから、代わりとなる羊肉が重宝されています。
羊肉は冷めると脂肪がすぐに固まるため、熱いまま食べる焼肉料理や水炊きに向いています。
北海道のジンギスカンでは、脂肪を落とすために中央が上にふくらんで外周に溝があるジンギスカン鍋が使われます。
主な生産国は羊毛同様、オーストラリア、ニュージーランド、中国です。
羊乳
羊からとれる乳を羊乳(ようにゅう)といいます。
羊乳は牛乳と比べて脂肪分が多いため、そのまま飲むよりもチーズやバター、ヨーグルトの原料として使われます。
生産量と輸出入量
ここでは、羊の飼育頭数と羊毛の生産量・貿易についてまとめます。
最初の羊の飼育頭数です。
羊は中国やインド、ナイジェリアなどの人口が多い国が上位にくる他、スーダンやイラクなどのアフリカ~中東の比較的乾燥した地域で数多く飼育されています。
これらの国では、輸出よりも国内消費目的の自給的な牧畜形態が中心です。
一方、オーストラリアでは広大な土地を利用した大規模な牧畜(企業的牧畜)により羊肉や羊毛を大量生産・輸出しています。
2番目の表は羊毛の生産量です。
羊毛の生産量は人口が多い中国が最も多いです。
次いで、輸出目的で羊毛を生産しているオーストラリアとニュージーランドです。
面積が広いオーストラリアと島国で面積が狭いニュージーランドでは生産量が大きく異なります。
上位3か国以外は生産量が少なくなりますが、羊毛の生産が盛んなイギリスが続きます。
イギリスは寒冷で農業に向かないため伝統的に羊の牧畜が盛んであり、18世紀の産業革命時により羊毛を使った毛織物工業が発展しました。
イギリスに次いで中東のイスラム教国であるイラン、モロッコが続きます。
羊は乾燥や寒さ(特に毛用種)に強いことから、ヨーロッパと中東の国が両方上位に現れます。
3番目の表は羊毛の貿易(輸出入量)です。
羊毛の輸出量上位は生産量上位のうち、イギリスとその旧植民地各国(オーストラリア、ニュージーランド、南アフリカ)です。
人口が多い中国や中東の国々では、生産した羊毛の多くが国内で使われる傾向があります。
一方、輸入国は人口が多い中国とインド、西ヨーロッパの先進国であるイギリス、ドイツ、イタリアが並びます。
イギリスとドイツは輸出量と輸入量の両方で上位に位置し、国境を越えた貿易が盛んに行われていることがわかります。
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参考文献
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ジンギスカン (料理) ウィキペディア 2023/10/1閲覧
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