ここでは原始的な農業形態から現代の農業までを俯瞰します。
初期の農業は自然任せの農業で天候などの自然条件に大きく左右されましたが、効率的に作物の栽培するために様々な改善が積み重なって今日の農業に至ります。
このような大きな流れについて概観し、最後に現代の農業を支える技術について見ていきます。
目次
農耕のはじまり
初期の人類は野生動物を捕獲(狩猟)したり、木の実や植物などを集めて(採集)それらを食料にして暮らしていました。
おおよそ1万年前になると、世界各地で小麦や大麦などの作物を収穫(農耕)したり、野生動物を家畜化(牧畜)するようになります。
それまでの人類は狩猟・採集を行うために移動しながら生活していましたが、この時期から作物を栽培するために同じ場所に定住するようになります。
これが農業のはじまりです。
人類は農業を行うことで食物を安定的に得ることができるようになりました。
加えて、獣肉や魚よりも長期間保存できる穀物を大量に収穫することで食料を保存できるようになりました。
初期の原始的な農業はその地域の土壌や気候などの自然条件に大きな制約を受けました。
そのため、それぞれの地域に合った形の農業が営まれました。
たとえば、温暖で降水量が多いモンスーンアジア(東~東南~南アジア)では稲が栽培され、モンスーンアジアよりも乾燥して涼しいヨーロッパでは小麦や大麦などが栽培されました。
作物を栽培するために森や草原を焼き払い、その灰を肥料にして作物を栽培します(焼畑農業)。
土壌の栄養がなくなると他の場所へ移動しました。
乾燥して作物栽培には適さない地域では家畜を引き連れて移動生活を行う遊牧が行われました。
乾燥帯の中でも例外的に安定した水源がある場所(オアシス)では、オアシスの水を利用したオアシス農業が営まれてきました。
農業は人々の生活の中心となり、地域ごとの栽培作物・農業形態に合わせて文化が発展しました。
参考
次のリンク先の地図に描かれているように各地で生まれた農業は世界各地に伝わっていく過程で様々な作物や農法が取り入れらました。
農業はその土地の自然条件(気候や地形、土壌など)や社会条件(交通や資本力など)の影響を受けながらその土地に合った形で発展してきました。
「四大農耕文化の発生地と伝播」ⓒShogakukan
出典:農耕文化(のうこうぶんか)とは? コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 2024/2/2閲覧
農耕の発展と自給的農業
初期の農業は自然環境をそのまま利用した形で行われました。
人の手をあまり加えずに作物を生育させる粗放的な農業形態であったため、手間が少ない代わりに単位面積あたりの収穫量は少なくなります。
加えて、収穫量は天候に大きく左右されました。
特に水の問題は重要です。
初期の農業では作物に与える水は雨が降るに任せていました(天水農業)。
しかし、天候不順で水が足りなくなると植物はすぐに枯れてしまいます。
そこで、井戸を掘ったり近くの河川や湖沼から水を農地に引いて畑の作物に水を与えるようになりました。
このように人工的に農地に水を引くことを灌漑(かんがい)といい、灌漑を行う農業を灌漑農業といいます。
灌漑農業やその水源については次のページで詳しく解説しています。
参考灌漑農業(ため池・センターピボット・農業用水路など)
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自給的農業
原始的な農業形態では、栽培した作物の大半は自分たちの食料として自家消費するため自給的農業といいます。
自給的農業は現代でもアジアやアフリカで行われている農業形態です。
自給的農業については次のページで詳しく解説しています。
参考自給的農業(遊牧・焼畑農業・粗放的定住農業・集約的稲作/畑作農業)
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栽培方法の工夫と商業的農業
ヨーロッパでは寒冷な気候のため畑作がおこなわれました。
畑作の大きな問題は連作障害です。
同じ作物を同じ場所で繰り返し栽培すると土壌中の特定の栄養素が不足して作物の生育が悪くなります。
ヨーロッパではこの連作障害を避けるために複数の作物を順番に栽培する輪作が行われるようになりました。
はじめは、1つの作物を栽培したら次の年は何も栽培しない休閑地(きゅうかんち)にしました。
このように畑作と休閑を繰り返す農業を二圃式農業(にほしきのうぎょう)といいます。
「圃」は田圃(たんぼ)の「ほ」であり、畑などの農地を意味します。
しかし、農地の半分を耕作せずに遊ばせおくのは効率が悪いため、複数の作物を順番に栽培する輪作を行うことで農地を効率的に活用するようになりました。
このように作物の栽培と家畜の飼育を組み合わせた農業形態を混合農業といいます。
商業的農業
西ヨーロッパでは産業革命(18世紀半ば~19世紀)によりいち早く工業化が進み、都市に人口が集中しました。
そのため、人口が集中する都市へ農産物を売る商業が発展し、自家消費ではなく市場で販売する目的で作物を栽培する商業的農業が生まれました。
商業的農業では都市の需要を満たすために様々な作物が栽培されました。
はじめは保存手段や輸送手段が未発達であったため、都市近郊で野菜などの作物を栽培したり、酪農を行い乳製品を生産しました。
作物を都市に販売することでお金がたまり、そのお金を使って設備投資を行うことで生産性を向上させたり、より高値で売れる作物の販売を行うようになりました。
一方で、このような生産上の工夫は多額の資本(お金)が必要になるため、設備投資を行って生産性を向上できる地域と投資できずに自給的農業に近い農業形態にとどまる地域に分かれました。
商業的農業については次のページで詳しく解説しています。
参考商業的農業(自給的/商業的混合農業・酪農・地中海式農業・園芸農業)
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科学技術の進展と企業的農業
科学技術の発展に伴い、大規模な資本(お金)を投資して化学肥料や農業機械を導入するなどの工夫が行われるようになりました。
従来は家畜や人間の排泄物を利用した肥料が使われていましたが、その成分は必ずしも作物が必要とする栄養分に最適化されていませんでした。
化学肥料を散布すると作物の生育に必要な栄養分を元素単位で必要な量だけ補うことができ、単位面積あたりの作物の収穫量が向上します。
また、トラクターやコンバインのような農業機械も導入されました。
従来は人力や馬や牛を使って畑を耕していましたが、トラクターに耕耘機(耕運機、こううんき)を引かせて畑を耕すことで効率が大幅に上昇しました。
穀物の収穫にはコンバインが使われ、刈り取りと脱穀(米や麦の粒を植物から取り出す)を同時に行います。
このような農業機械を使うことで農業の生産性が大幅に向上しました。
企業的農業
1492年にコロンブス(Christopher Columbus)が中米の西インド諸島に到達して以来、南北アメリカ大陸やオーストラリア大陸などの「新大陸」に大規模な入植が行われました。
これら新大陸ではヨーロッパやアジアよりも人口密度が低く、少人数で広大な農地の耕作を行う企業的農業が発展しました。
新大陸では少人数で広大な農地を耕作するためにお金を使って大型機械を導入するなども合理化を行い、できるだけ人手をかけない粗放的な農業形態になりました。
効率化のためにその土地の気候に合った作物の大規模な単作(毎年同じ場所で同じ作物を栽培)が行われています。
このように、その土地の自然条件(気候や土壌)や社会条件(消費地となる大都市からの距離)に最も合う作物を栽培すること適地適作といいます。
また、科学技術の発展とともに新しい技術を導入した合理化が進められました。
南半球に位置する南米やオーストラリアでは、輸出先であるヨーロッパから離れている上に途中で赤道をはさむため生肉の輸出は困難でした。
しかし、食肉を冷凍状態のまま運搬できる冷凍船が実用化され、1877年にはアルゼンチンからフランスへの羊肉の輸出に成功しました。
冷凍船の実用化により食肉や生鮮食料品などを遠く離れた地域に販売できるようになり、特に腐りやすい生肉を出荷する企業的牧畜の発展を促進しました。
第二次世界大戦後にはアメリカ中部のグレートプレーンズで地下水(オガララ帯水層の化石水)を利用した灌漑農業がはじまりました。
オガララ帯水層がある地域は乾燥帯(年降水量が500 mm未満)ですがくみあげた地下水を利用することで灌漑農業が成り立っています。
20世紀にはトラクターやコンバインのような農業用機械も導入され、さらに北米では農薬の散布に飛行機(農業機)を使用するようになります。
化学肥料を使用して収穫量を増やしたり、収量増大や病害虫を防ぐために品種改良や農薬の導入されるようになります。
近年では北米やアルゼンチン・ブラジルなどで遺伝子組換え作物の導入も進められています。
企業的農業については次のページで詳しく解説しています。
参考企業的農業(企業的穀物/畑作農業・企業的牧畜・プランテーション)
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現代の農業
現代の農業の特徴を一言でいうと高度な分業と科学技術を活用した合理化です。
地域ごとの環境に適した作物だけを集中的に栽培し、少数の農家が機械や化学物質を駆使して大量生産しています。
その一方で、有機農業の広まりや遺伝子組換え作物に対する規制など反発する動きもみられます。
肥料・農薬の役割と有機農業
人類は紀元前から天然の肥料や農薬を農業へ活用してきました。
20世紀には化学的に合成された肥料や農薬が急速に普及して農業の生産性が急激に向上し、世界人口の増大を支えています。
その一方で化学物質に対する批判から19世紀以前の栽培方法にならった有機農業が先進国を中心に行われています。
肥料と農薬の役割や有機農業については次のページで解説しています。
参考肥料・農薬の役割と有機農業(化学肥料や農薬の歴史と問題点)
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品種改良と遺伝子組換え作物
現在栽培されている作物や家畜は人類が長い時間かけて人間にとって好ましい性質になるように育てられてきました。
長年に渡る人為的な品種改良の結果として作物の収穫量は大幅に向上しました。
特に1940年代から1960年代には、発展途上国で穀物の高収量品種が開発・導入され「緑の革命」とよばれる食料生産量の急激な向上がおきました。
1990年代に入ると、生物工学の技術を利用して人為的に植物の遺伝子を組みかえ、病害虫や除草剤に耐性をもつ遺伝子組換え作物が開発・栽培されるようになりました。
遺伝子組み換え作物に対する規制は国によって大きく異なりますが、北米・南米などで栽培された遺伝子組み換え作物は食品として世界中に流通しています。
品種改良や緑の革命、遺伝子組換え作物については次のページで詳しく解説しています。
参考品種改良と遺伝子組換え作物(緑の革命と高収量品種)
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農産物の世界的な流通とアグリビジネス(フードシステム・穀物メジャー)
今日では農産物は国境を越えて世界中に流通し、食品として加工されて消費者の元に届きます。
特に小麦やトウモロコシは国際的な取引が活発な作物であり、大量の穀物が国境を超えて流通します。
このような国際的な農産物の流通は多くの農業関連企業によって支えられています。
このような農業関連産業をアグリビジネスといい、世界的な食料供給体系(フードシステム)を支えます。
アグリビジネスと世界的な農産物の流通については次のページで解説しています。
参考農産物の世界的な流通とアグリビジネス(フードシステム・穀物メジャー)
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スマート農業(スマートアグリ)
スマート農業(スマートアグリ)はICT(情報通信技術)などの先端技術を活用して農業の省力化を進めて少人数で効率的に高品質な農産物を生産する農業です。
具体的には次のような取り組みがあります(カッコ内は使用される技術)
・人間が行う重労働(収穫物の積み下ろしやトラクターの運転)をロボットに代替(ロボット技術、自動運転技術)
・作業の記録をデジタル化、自動化したり、経験が浅い人の農作業を助けるアプリの活用(情報通信技術)
・衛星画像やドローンで撮影した映像を利用した農地管理の効率化(リモートセンシング技術)
「スマート農業」という用語自体は今後目指すべき農業のあり方を表す農林水産省の標語です。
そのため、「スマート農業」が指す内容は農林水産省がスマート農業として掲げる取り組みになり、「スマート農業」という言葉の中に様々な取り組みが内包されます。
しかし、スマート農業に似た取り組みは海外においても行われており、一例として精密農業があります。
精密農業は農地に関する様々なデータを収集・分析して得られた情報を元に農地を管理して農産物収穫量や品質を向上させる農業形態です。
精密農業では衛星画像やドローンなどから様々な電磁波を照射して画像を取得(リモートセンシング)し、得られた画像から土壌や作物の状態を分析して農地管理に活用します。
他にもトラクターの位置情報を記録しながら農作業を行ったり、トラクターの自動運転を行ったり、収集したデータを元に機械学習を行って土壌状態の予測を行うといった取り組みが行われています。
このような取り組みを通して農業を省力化してより少人数で農業を行い、さらに収集したセンサーデータを分析して農産物の収穫量や品質を向上を目指しています。
関連記事
参考自給的農業(遊牧・焼畑農業・粗放的定住農業・集約的稲作/畑作農業)
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参考商業的農業(自給的/商業的混合農業・酪農・地中海式農業・園芸農業)
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参考企業的農業(企業的穀物/畑作農業・企業的牧畜・プランテーション)
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参考耕作方法の工夫(連作・輪作・二期作・二毛作など)
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参考文献
農耕文化とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/11/21閲覧
農業の歴史 ウィキペディア 2022/11/21閲覧
農業とは コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ) 2022/11/21閲覧
農耕文化(のうこうぶんか)とは? コトバンク 日本大百科全書(ニッポニカ)の解説 2024/2/2閲覧
帝国書院編集部「新詳地理資料 COMPLETE 2023」帝国書院(2023)
地理用語研究会編「地理用語集第2版A・B共用」山川出版社(2019)
片平博文他「新詳地理B」帝国書院(2020)
産業革命 ウィキペディア 2022/11/23閲覧
堆肥 ウィキペディア 2022/11/23閲覧
Cultivator, Wikipedia 2022/11/23閲覧
大航海時代 ウィキペディア 2022/11/23閲覧
Reefer ship, Wikipedia 2022/11/23閲覧
Ogallala Aquifer, Wikipedia 2022/11/23閲覧
遺伝子組み換え作物 ウィキペディア 2022/11/23閲覧
山下直樹「スマート農業の実現に向けて 」電気設備学会誌 36(10) 691-694 (2016)
スマート農業の展開について 農林水産省 2022/12/24閲覧
Precision agriculture, Wikipedia 2022/12/24閲覧